第37話 新たな冒険へ

「……」

「え、えっと……」


 俺は今、通された応接室でリドリー氏と向き合っていた。話の内容からして、クラリスも同席すると思っていたが、どうやら居ないらしい。


「婚約者候補同士の私闘は関知しない。しかし、ウィル・アルマーズは辞退、デューク・ランデルは失踪……候補は既に二人へと絞られた」


 デュークが失踪? あの自己中心的な男がなぜ……


「あ、あの、それで――」

「とりあえず、今はその話題は置いておこう」

「えっ?」


 マルテが女性だと分かった今、候補は俺しかいないわけだから、結婚しろ。みたいなことを言われるかと思っていた。どういう事だろうか?


「マルテ・フロストランスの性別は私も知っている。本来彼女を表向きの婚約者に据え、クラリスには自由な恋愛をさせるつもりだった。アルマーズ家とランデル家の子息はあくまで外面を保つうえで受けたに過ぎない」


 なるほど、いくら位が高いとはいえ、あんなボンクラを候補に据えたのはそういうわけか、体裁を保たなければいけない貴族っていうのは、やっぱりめんどくさいな。


「本命が残ったのだ。今はそれでいい」

「は、はぁ……?」


 まあ、そりゃそうか、今すぐ結婚しろとかそういう話じゃないもんな、クラリスにも心の準備があるだろうし……


「ということは、俺は何で呼ばれたんです?」

「オース皇国……大鬼と三頭狼関係だ」

「! 調査が進展したんですね」


 リドリー氏は静かに頷き、声を低くした。


「国境付近で濃霧が発生している。調査員を数名派遣したが、彼らは未だ帰ってきていない」

「濃霧? 何故それに調査を?」


 オース皇国はエルキ共和国の東に位置し、盆地に作られているため頻繁に霧が発生する。だから、国境付近で濃霧が発生しても、それは別段警戒することではない。


「通常の霧ならば、私も見逃していた。しかし、観測開始から数週間、その場にとどまり続ける霧は、明らかに異常だ」


 確かに、普通は霧なんて朝日と共に消えるか、風が吹いて消滅してしまうのが普通だ。それが何週間も残るというのなら、何かしらの魔法が使われているように思える。


「分かりました。俺もすぐに調査を――」

「待て」


 久々の冒険者らしい依頼に、俺は意気込んで立ち上がるが、リドリー氏に制止されてしまう。


「君はマルテと並ぶ本命の婚約者候補だ。絶対に失うわけには行かない。必要な装備・人員はすべて揃えよう。万全の準備をしてから行くと良い」

「……じゃあ、やっぱり俺はこのままいきます」


 少し考えたが、俺はリドリー氏にそう答えた。


「大人数で動けばオース皇国を刺激することになりますし、慣れない装備を持って行って扱えない可能性があります。だったらこのままの方が身軽でいつもの力を発揮できると思うんです。それに……」


 何が起きているか分からない場所へは、クラリスやマルテを連れていくわけには行かない。それこそリドリー氏を悲しませる結果になってしまう。


「俺は、ソロの方が強いんで」


 それを直接は言わなかった。変に恩着せがましい言い方をするのは、なんだかすわりが悪い。



――



「リック様リック様! 話は終わりましたか?」

「ああ、結婚の話はとりあえず保留、新しい依頼をこなすぞ。目的地はオース皇国との国境だ」


 リゼと合流し、不安を隠すように騒ぐ彼女の頭を撫でる。


「えへへー……よかったです! 行きましょう!」


 本当ならリゼも置いていくべきだった。しかし、俺は彼女の安全よりも、自分の安心を重視した。パーティを追放されて以来、ずっと一緒だった彼女と一緒なら、何処へでも行ける気がしている。


「ああ、そうだな……次の冒険も、きっと楽しい」


 苦労もするし、痛みもあるだろう。それでもリゼと一緒なら、俺たちはきっとそれを楽しむ事ができるはずだ。


 リドリー邸を出て、東を向く。その先にはオース皇国があり、目的地があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る