閑話:フロストランス家とランデル家
ボクとクラリスは、幼いころから友人だった。
だから婚約の話が出た時も、気兼ねの無い彼女なら話が早いと思っていたし、彼女もそれを受け入れていた。
クラリス自身の推薦枠は実際のところ、数週間前まで空席だったのだ。
「マルー……彼はどう?」
フロストランス家の離宮で、ボクとクラリスは紅茶を飲んでいる。芳醇な果実を思わせる花の香りが鼻腔をくすぐり、思わず口元が緩む。
「そうだねクラリス、お父様も認めてくださったし、悪くないと思うよ」
お父様は、実際に彼を見たわけではない。しかし、ボクからの口添えと、闘技場に張らせていた諜報員の報告を聞き、僕の性別を公開した上で婿養子として迎えてもいい。とまで言ってくれた。
「そうではなく……」
「ん? それ以外に何かあるのかい?」
「その……恋人としては、どうなんだ」
クラリスの表情は読みづらい。長年付き合ったボクですらそうなのだ。
しかし、今回の表情は分かりやすかった。
彼を取られるのではないか、恋敵が増えるのではないか、彼を巡ってボクとの絆が壊れるのではないか……そんなところだった。
「そうだね……あまり付き合いが長くない、というよりも、一度会ったきりだ。恋人としてどうかなんて、今は言えないかな」
彼自身は見目麗しい美形でも、荒々しい風貌の豪傑でもない。そこら辺でちょっと探せばいるような、悪く言えば十把一絡げな印象だった。
「ただ……ちょっと面白いなって思うよ」
彼の言動は冒険者目線で見れば甘い。しかし、それを実行するだけの力が備わっている。シエラ白金旅団から追い出されたというのも、何かやむにやまれぬ事情があったのだろう。ボクは彼の人となりに興味が出てきていた。
「そうか……」
「あっ、いや、クラリスの邪魔をするつもりは無いんだ。安心してくれ」
あからさまに気落ちした様子のクラリスに、ボクは慌ててフォローを入れる。
昼下がりのティータイムは、ゆっくりと時間を刻んでいく。
――
「チッ……ふざけんじゃねえぞ……」
デューク・ランデルは憤慨して自室の机を蹴り上げた。
回復魔法により傷は既に癒えているが、敗北という事実は彼の心に重くのしかかっていた。
「このままじゃ収まりがつかねえ、だが、あいつには勝てねえ……」
(あの規格外の魔法かどうかすら疑わしい攻撃、アレを対処することは不可能だ。ならば、どうやってあの甘ったれを陥れるか……)
彼がそんな事を考えていると、ドアが静かに開かれた。
「親父! 勝手に入るなって――がはっ!?」
デュークが振り向いた瞬間、ドアを開けた人影は彼の鳩尾へ拳を着きこんでいた。
「久しいな、デューク」
「っ……ジジイ、帰ってきてたのか」
老人はしわがれた声で彼の名を呼ぶと、姿勢を正した。背筋が伸び、強靭な体感を持つ老人は、デュークの祖父、ゾス・ランデルだ。
「お前の悪評が儂の耳にも届いたのでな……」
「チッ、お説教かよ? それより俺様はあるクソ野郎に報復しねえと気が済まねえんだ。邪魔するんじゃねえぞ」
吐き捨てるようにそう言って、デュークは邪悪な思案を巡らせる。
「本人には勝てねぇ、じゃあ……あいつが連れていた奴隷を――ぐあああぁぁっ!!」
「やれやれ、そこまで堕ちておったか」
老人は赤子の手をひねるようにデュークの両腕を極める。
「儂らはお前の横暴に目を瞑ってきた。それはお前が強く、勝者だったからだ」
「俺様は負けてねぇ!!」
「違うな、お前は敗者じゃ……そのような搦手を使うようではな」
「うるせえ! 俺様は……俺はっ!!」
「もうよい、引導は儂が渡してやる。眠れ」
部屋に骨の砕ける音が響く。それはデュークの命が散る音だった。
――
「リック様―、リドリーさんからうちに来てくれって招待状来てますよー」
「ついに来たか……」
俺は頭が痛くなるような思いで、その報告を聞く。
正直、今すぐ結婚して身を固めろとかは全く想像できない。だが、そうも言ってられない。
どうにも答えが出ないまま、俺は家を出る準備を始めた。
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