第36話 闘技場の戦い 後編
思わず身体が動いていた。
昔、アベルやサイゾウに「考えなしに動くな」って言われたっけ。
俺は右手を構えたままデュークのニタニタした笑みを真正面から受け止めた。
「リック……お前も知ってるぞ、確かシエラ白金旅団の雑用係だろ? 弱っち過ぎて元仲間に愛想尽かされたんだってな?」
「……」
「そんで、まともに戦えないイクス王国領から逃げ出して、ここまで来たってわけだ。雑魚相手にイキって楽しいかよ?」
恐らく、デュークは俺の事を挑発している。だが、それは全く俺の感情を動かすものではなかった。
なぜなら、シエラ達と別れたのは事実だとしても、彼が思うような過去は無く、俺とシエラ達は強い絆で未だ結ばれているからだった。
「しかも女の奴隷まで侍らせて、クラリスも手籠めにしてハーレムでも作るつもりかよ?」
「……」
侮辱と挑発を受けるたび、俺の頭はむしろ冷静に、冷たく醒めていく。俺はパーティを追放されてから今までの行動で、何ら恥じ入ることをしてこなかった。自分の信念に従い、自分とその他大勢の人が助かるように動いてきた。
「結局、弱い奴をいたぶって楽しんで、女を侍らせて楽しむ。ただ俺様の方が強いだけで、やってることは――」
「違う」
だからこそ、自分の価値観と物差しでしか他人を計れないデュークが堪らなく哀れだった。
「俺は……お前とは違う」
そして、この男が心底許せない存在だということが分かった。
……いや、分かってしまった。
「ハッ! 違わねえよ! てめえは俺様と同類で、強さは俺様以下! ショボい下位互換なのさ!!」
剣を抜き放ち、デュークは俺に向かって突進してくる。
「岩鎚、風切、水弾――」
詠唱を開始する。リゼは既に俺の背後にいて、負傷したマルテを避難させている。懸念事項は何もなかった。
デュークは俺に向けて剣を振りかぶっている。勝利を確信したような、隙だらけの姿勢だった。
「氷結、雷撃、火球――」
六種の下位属性全てを連鎖させ、竜巻を呼び、溶岩を噴き出させ、雷の雨を降らせる。まさしくそれは魔法などではなく――
「第四喇叭(ディザスター)!!」
たった一人には明らかな過剰火力、しかし、この男に対する軽蔑はこんなものではない。
「なっ……なんだ!? こんな魔法があってたまるか!?」
余裕綽々の表情だったデュークは即座に表情を凍り付かせ、魔法の範囲から逃れようとする。
しかし竜巻に視界を阻まれ、地割れと噴き出す溶岩に移動も封じられている。もし剣を振り上げれば雷が直撃し、感電死する。完全に詰みの状態だった。
「今すぐ詫びろ……マルテに、クラリスに、今まで泣かせてきた人間すべてに!」
「わ、悪かったリック――」
「謝る相手は俺じゃない!!」
そう叫んだ瞬間、デュークの身体に雷が落ち、嵐と落雷によって崩れた彫像がぶつかって、彼の姿は消失した。
――
夕陽の中、俺とリゼ、そして回復魔法を施したマルテはぼーっとしたまま闘技場の修復作業を見ていた。
第四喇叭を発動させた後の闘技場は酷い有様だ。
観客席まで巻き込んだ連鎖魔法は、石造りの装飾をことごとく破壊し、ほぼ瓦礫の山みたいな状態になっていた。
こんな状況で死人が出なかったのはものすごい幸運だったと思う。
ガラの悪い観客たちは俺から逃げるように帰っていったし、当のデュークすら何とか一命を取り留めていた。
「でもいいんですかリック様、とどめを刺さなくて」
「リゼ、それは駄目だ。闘技場での戦いは命の保証はない。それでも生き残った人間を、わざわざ殺すような……当人の未来を奪う行為はだめだ」
これは闘技場のルールでも何でもない。俺の考え方だ。甘いと言われようがなんと言われようが、これは変えるつもりは無い。
「……さて、ボクは帰ろうかな」
「マルテ、大丈夫なのか?」
彼……いや彼女は、怪我も治りたてだし、まだもう少し安静にしているかと思ったが……
「甘く見ないで欲しいな、冒険者としてそれなりのキャリアは積んでいる……あと、実家に報告することも出来たしね」
「報告?」
「すぐに分かるさ」
意味深な言葉を残して、マルテは帰っていく。その背中はどこか上機嫌に見えた。
「しかしこれ……クラリスの婚約者どうなるんだろうなぁ……まともなの、俺くらいしかいなくないか? ウィルはアレだし、デュークは論外、マルテも性別があれじゃあ……」
もしかしてこれ、リドリー氏が外面の為に三人を当て馬にして、クラリス推薦の一人が実質内定とかそういうアレなんじゃ……
言い知れない不安の中、俺とリゼはまだしばらく闘技場の復旧工事を眺めていた。
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