第35話 闘技場の戦い 前編
「どっちからでも、ていうか二人まとめてでもいいぜ、どうせ冒険者、兵士としての訓練を受けた俺よりは弱っちいだろ」
俺とリゼ、そしてマルテはデュークに連れられて街の郊外にある闘技場に来ていた。
縁が無いと思って全然見ていなかったが、なかなか立派な彫刻があったり、観光地として物見遊山するのも悪くない場所だ。
「デュークさーん、やっちゃってくださーい!」
「こないだの『お下がり』最高でしたー!!」
「二人とも雑魚っぽい見た目じゃないっすか! 殺さないように注意してくださいよー、へっへっへ」
……観客のあんまりにも品の無い野次を別にすれば、だけどな。
「ボクから行こう……リック、この戦いが終わった後に婚約者を辞退するなら、止めないぞ」
「お、おう……」
マルテは槍を構え、静かに宣言する。二人とも負けるつもりは毛頭ないようだ。
「……なあリゼ、貴族って怖えな」
「同感です……でもちょっとこういうシチュエーションは憧れますよね、そういう意味でクラリスさんが羨ましいかも」
ちなみに俺とリゼはというと、完全に外野な状態だった。
「おいおい、一人で勝てると思ってんのか? マルテ『ちゃん』よお」
「――っ!」
デュークの安い挑発に乗る形で、マルテは地面を蹴った。
踏み込みは速く、シエラのそれに迫る勢いだ。
「くっくっ、すーぐ感情的になる。これだからダメなんだよ、お前は」
しかし、デュークは手甲を軽く切っ先に当てて受け流す。完全に見切られていた。
「そもそもお前、クラリスと結婚できねえだろ? 周囲の奴らは知らねえかもだが、俺には分かる……ぜっ!」
切っ先を躱された姿勢のまま、マルテは槍を回転させ石突で顎を狙う。しかしそれも上体を軽く逸らしただけで回避されてしまう。
「はぁー……すごいんですね、マルテさん」
「ああ、だけど、あれじゃ勝てない」
身体能力と体捌きだけは凄まじいものがあるが、槍の扱いが雑過ぎる。冷静でいられないのも分かるが、あれでは――
「よっと」
「っ!? 離せ!!」
デュークはマルテの腕を掴み、その動きを封じてしまう。
「やだね、そもそも俺に剣を抜かせることすらできないのに、大見得切ってんじゃねえよ。雑魚は雑魚らしく地面にはいつくばってな」
「がふっ!?」
体術などではない。体格と筋力に任せた力技で、マルテは地面に叩きつけられてしまう。観客は歓声を上げ、耳を覆いたくなる下世話な野次が飛んでくる。
「くくくっ、良い眺めだぜ」
「っ……」
「ところでよお、マルテ……俺は貴族の令嬢を抱ければ、相手は誰でもいいんだ」
デュークは声のトーンを落とし、観客には聞こえない大きさでマルテに話しかける。
「お前がクラリスの『代わり』をするってんなら、辞退を考えても良いぜ」
「っ、貴様っ!」
クラリスの代わり……? 話の流れが奇妙だぞ、どういう事だ?
「よく考えたよな、女しか生まれなかったフロストエッジ家、後継ぎを持って来ようにも遠戚の遠戚まで探しても男児がおらず、ほぼ詰みだったんだろ?」
「……」
マルテは鬼気迫る表情でデュークを睨んでいる。
「だから直系のお前を表向き男として育て、種馬を雇って子孫を残す……それが嫌になったのか何なのか知らんが、お前は冒険者になり、幸か不幸かしばらく後に近縁に男が生まれた……いつまで男の振りしてんだよ、マルテ……いや、マルグレーテちゃん?」
「っ!!」
その名を呼ばれた瞬間、マルテはじたばたと暴れ始めた。
「だ、男装の麗人!」
「リゼ、落ち着け」
「はい……」
すぐ脇でリゼも暴れだしたので俺は諫める。
とはいえ、俺も驚いている。確かに男らしからぬ美貌だったが、まさか……
「だれが……っ、そんな取引に乗るか……貴様が、約束を守るわけが無いだろう……!!」
「あ、バレた?」
デュークはマルテの腕を極め、体重をかけていく。
「ああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!!」
すぐに骨と関節の壊れる音が鳴り響き、マルテの両腕は力なく垂れさがる。
「んじゃあここでマルテちゃんの性別大公開ショーでもしようか!」
襟首を掴み、片手で身体を持ち上げると、デュークはにやけた顔でマルテの服に手を掛ける。
「岩鎚っ!」
服が破かれる直前、俺はデュークへ魔法を発動させる。しかしそれは手甲に阻まれ命中させることはできなかった。
「ちっ、めんどくせえ、一対一じゃねえのかよ」
「一対一の連戦だ!」
俺はデュークを睨みつけ、高らかに宣言した。
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