第34話 婚約者候補の素行

 ディーク・ランデル。ギルドでも有名な剣士(ソードマン)だ。非公式だが、戦争に参加して百人切りを達成したとか、鎧兜ごと敵を縦に切り裂いたとか、そんな話が転がっている。ランデル家自体も代々高名な剣士を輩出してきた血筋で、現当主はエルキ共和国の軍事長官だ。


 マルテ・フロストランスも同じような経歴を持っている。こちらは「氷槍(フロストランス)」という名前の通り、氷属性の槍を使う槍術士(ランサー)だ。フロストエッジ家は文化省の高官で、エルキ共和国最古の血筋だともいわれている。


 二人とも町で一度だけ見たことがある。


 ディークの方は赤髪の荒々しい風貌で、よく娼婦を侍らせているのを噂として聞いている。正直なところ素行はよくないが、腕っぷしと家柄がそれを可能としている。みたいな存在だ。


 逆にマルテの方は、銀色の長髪に、しなやかな痩躯を持っている美男子だった。彼は俺やクラリスと同じようにソロの冒険者で、依頼は迅速丁寧、さすがは金等級冒険者、という印象だ。


 そして、ギルドの職員に軽く聞いてみると、二人にはある共通点があった。両家とも息子の扱いに悩んでいて、両家とも一人息子なのだ。


 そりゃあ一人息子が娼婦侍らせてゲハゲハ笑ってたり、命の保証もないこんな職業やってたら頭痛の種だろう。本家は遠戚から適当な養子を貰い、問題児は婿養子にして家同士のつながりを強くする。といったところか。


「リック様―、どうするんですか?」


 不安そうな表情でリゼが話しかけてくる。今は自分の家でのくつろぎタイムなのだが、ああいう事があってはそうも言ってられない。


「うーん正直こんな仕事してると、結婚とかそういうのは全く無縁だと思ってたからな。正直婿養子で貴族の仲間入りするのも悪くない」


 リゼの困り顔が見たくて、俺はちょっと意地悪な返答をする。


「そう……ですか……」

「なんてな、嘘だよ嘘、国の中枢にも入ってない、それどころか下手したら操り人形でしかない貴族なんか、こっちから願い下げだ」


 そう、どうせなるなら欲しいものは何でも手に入って、大事なものを何一つ手放さなくていいような、そんな存在になりたい。


「なるほど、確かにリック様はもっとすごくなれるはずです!」


 リゼは不安そうだった顔をパッと明るくして、期待の籠った眼差しを俺に向ける。


「ただ、クラリスが悪い奴と結婚するのは気分の良いものじゃないだろ? だから、まともな奴かどうか見極めて、大丈夫そうなら身を引こうと思う」

「なるほど確かに! わたしもクラリスさんがブ男と結婚するのは嫌です! 仲間として!」


「そういうわけだ……じゃ、明日からデュークとマルテの身辺調査だ。もう寝るぞ」

「はーい!」



――



 翌日、俺とリゼは二人でマルテを探していた。


 彼は冒険者だ。放蕩者のデュークよりは見つけやすいだろう。ギルドのロビーで辛抱強く待っていると、銀色の長髪が見えた。


「リック様! いましたよ、マルテさん!」

「ああ、俺も丁度見つけた」


 そう答えて、俺はまっすぐマルテの方へ向かっていく。


 彼は遠目に見ていた時にも感じたが、本当に美男子と呼ぶにふさわしい姿をしていた。


 さらさらと絹のように揺れる銀髪と、繊細な氷細工のような表情、睫毛は長く、細身の体は槍を持つことすら難しそうに見えた。


 俺が近づくと、マルテも俺に気付いたようで、その冷たい瞳で俺を静かに見返してきた。


「っ……」


 目が合った瞬間、奇妙な話だが心臓がどくんと跳ねるのを感じた。同性ですらここまで引き付けるとは、凄まじい美男子ぶりだ。


「えーっと、クラリスの婚約者候補、マルテって君だよね、俺は――」


「リック、見たことも無い奇妙な魔法を使う魔法職、数か月前この町へ移り住んできた元・シエラ白金旅団の一員、性格は温厚な平和主義者、ただし上昇志向はかなり強い。現在はリドリー評議員の後ろ盾の下、議会から発行される依頼を中心にこなしている」


「お……おう、それ……それです」

「まさか、最近よく目立つ冒険者をボクがチェックしないとでも? ましてや婚約者候補だ。知らないほうがおかしいだろう」


 マルテはため息をついて立ち上がる。


「で、今度は出世のためにクラリス嬢との結婚を狙うか……ボクに話しかけてきたのはライバル潰しってところかな?」

「いや、いやいやいや! 俺はただ、どんな奴か気になってだな!」


 マルテが槍に手を掛けたので、俺は慌てて否定する。


「正直なところ、ボクがクラリス嬢にふさわしいとは微塵も思っていない。だが、お前のような出世欲だけで結婚するような奴は絶対に認められん」


 だ、だめだ。話を聞いてねえ、こいつ!


「さあ、表に出ろ。お望み通り戦って――」


「あん? ……んだよ、一人ずつ潰すつもりだったのに、二人ともいるじゃねえか」


 慌てる俺と臨戦態勢のマルテに、そんな声が掛かった。


「んじゃ、挨拶しとくか……いよぉ雑魚ども! 俺様はデューク、デューク・ランデル! クラリスの旦那だ! ギャハハハハハッ」


 猛獣のような赤毛と恵まれた体格、使い込まれた防具と下卑た表情は、とても貴族の息子には見えない。


 しかし、彼は間違いなくデューク・ランデル――クラリスの婚約者候補の最後の一人だった。


「デューク、婚約者『候補』だろう」

「ああ? てめえは結婚できねえし、もう一人は辞退して、もう一人はただの平民だろうが、実質俺って決まってるようなもんだろうが」


 マルテは俺と話す時と同じトーンでデュークを諫めるが、彼は耳を貸さない。


「いい加減娼婦を壊して遊ぶのにも疲れてきたしよぉ、そろそろ良いとこのお嬢さんでも食い散らかしてぇって思ってたところにこの話よ、渡りに船って奴だな!」


「……マルテ」

「どうした、リック?」

「言いたいことがあるが、とりあえず、こいつを再起不能にしてからでいいか?」


 デュークって奴は、ダメだ。別に俺の方がふさわしいって話じゃない。こいつとクラリスが一緒にいると思うだけで吐き気にも似た感情が昇ってくる。


「ああ、ボクもとりあえず共同戦線を張るのは賛成だ」


 マルテは頷いて椅子から立ち上がる。右手には槍が力強く握られていた。


「ククッ、おもしれえじゃねえか、俺をどうにかできるとでも思ってんのか? 良いぜ、来な……ランデル家所有の闘技場で戦おうぜ」

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