第33話 クラリスの婚約者
「クラリスさーん、リックさんと遊びに来ましたよー」
リゼはノックをしてクラリスを呼ぶ。
「……入ってくれ」
抑揚のない、冷静そのものといった感じの声色で、ドアの向こうからクラリスの声がする。
「ですって、入りましょう。リック様!」
「ん、ああ……」
リゼに押されてドアに手を掛ける。正直なところ騎士としての協力をお願いする以外は、全然接点のない生活だった。だからまあ、ドアの前で変な汗をかいているのはそういう事なんだろう。
「や、親父さんから君が会いたがっているって聞いて――」
そこまで言って、俺は言葉を失った。
部屋にいるのはもちろんクラリスだ。それは分かっている。だが、俺は忘れていた。彼女は騎士で頼れるタンク役だが、それ以前にリドリー評議員の息女であり、いわゆるお嬢様なのだ。
俺は騎士鎧に身を包んで、大盾を担いだ彼女しか知らなかった。だが、目の前にいるのは、華奢な身体をドレスに包んだ麗人だった。ドレスは冬の湖のように落ち着いた色調で、蜂蜜のような光沢のある髪は、シンプルながらも高級感を感じさせるバレッタで留められている。
「……」
「リック様? ……わ、すごい美人!」
言葉を失っていると、リゼが後ろから顔を出して、驚きの声をあげた。
「そうか」
クラリスはそっけないような返事をするが、恐らくこれは照れて固まってるな、何度か付き合いを経るうちに、俺もなんとなく彼女の機微を察することが出来るようになってきた。
「ああ、本当にびっくりした。一瞬言葉が出なかったもんな」
俺が続いてそう言うと、クラリスは身構える。これは警戒……ではなくさらに照れるとそうなるのだ。俺はちょっと詳しいんだ。
「……でも、そりゃそうだよな、俺らみたいに冒険者として飯食ってる訳じゃないんだ。嫌味とかじゃなく、住む世界が違うって感じすらするよ」
自嘲気味に笑って見せる。すっかり彼女の身分を忘れていた自分がちょっとおかしかった。
「で、今日はどうしたんだ? 親父さんから『会いたがってる』としか聞いてないんだが」
「……別に、顔を見たかっただけだ」
そう言ってクラリスは顔を背ける。おや? 急にご機嫌斜め?
「そっか、ならよかった……っと、そうだ。もう聞いてるかもしれないけど、最近ウィルって奴によく絡まれるんだ。あいつは『クラリスと恋仲だ』なんて吹聴してるが――」
「事実無根だ」
あ、やっぱり……なんというか、ウィルは思い込み激しそうだもんな。
「……ただ、数多くいる婚約者候補のうち一人ではある」
「あ、そっか、貴族はそういうの有るもんな。ちなみに他にはどんな奴が居るんだ?」
俺はほんの興味本位で聞いてみた。別に知ったからどうこうしようなんてのは、微塵も無いわけなんだが。
「……聞きたいか?」
「え? ああ、まあ……教えてくれるなら」
なにか含みのある言い方で、クラリスは俺に確認する。んん? 別に聞いたからどうなるなんて事は無いはずなんだが。
「ウィル・アルマーズ、デューク・ランデル、マルテ・フロストランス……」
ウィルはともかく、ランデル家とフロストランス家はエルキ共和国でも名門だ。評議員の娘ともなるとそんな人たちとお近づきになれるのか。
「そして、リック」
「え、なに?」
「……」
呼ばれたと思って返事をすると、クラリスは俺の方を指差して頷いた。
「候補者は私の自薦が一人と父の推薦が三人、合計四人だ。その中から決める」
「んん? ウィルはともかく、ランデル家とフロストエッジ家、あともう一人は?」
「……」
クラリスは改めて俺の方を指差す。後ろを見ても誰もいなかった。
「うん? あ、えっ、ちょ、ちょっと待って、もしかして――」
「……」
クラリスは大きくうなずいて、俺をびしっと指差した。
『え、えええええええええええぇぇぇぇぇぇっ!!!!??』
俺とリゼの絶叫がリドリー邸に響き渡った。
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