第32話 エルキ共和国の貴族たち

「……で、慰めてもらってるうちに、母親と話している気分になり、気づいたらこうなっていたと」

「はい……」


 ウィルは脳天にたんこぶを作り、頬にビンタの跡を残していた。


「あの、リック様……そこら辺で」


 リゼが俺の裾を引っ張る。俺がゲンコツ食らわせた後に、思いっきりビンタかました癖に……


「はぁ、まあいいさ、とにかく依頼は終了だ。お前の勝ちでいいよな、ウィル?」

「え?」

「『え?』じゃなくて、元はと言えばお前が吹っ掛けてきた勝負だろ、勝ちはそっちに譲るから、俺たちにはもう関わるなよ」


 こういう貴族らしい手合いは、面子を大事にする。冒険者は信用を大事にするのとは対照的だ。舐められる訳には行かない身分ってのも大変なんだろうな……


「そ、それは困る! リゼ嬢と会えなくなってしまう!」

「ひぇっ」


 縋るように身を乗り出してきたウィルに、リゼはあからさまな拒絶をする。


「だったら、もう勝負だとかそういうのに拘るな、俺たちはやることをやってるだけだ……あと、リゼが怖がってるからそういう態度止めろ」


 リゼとウィルの間に入るように立って、俺はウィルを諭すように言い聞かせる。彼は納得していないような事をごちゃごちゃ言っていたが、ついには折れて首を縦に振った。


「分かった……気を付ける」


 しかし、何だ。方向性は違うがクラリスもこいつも特徴的過ぎるな……エルキ共和国は貴族が変人じゃなきゃいけないみたいな決まりがあるんだろうか。


「よし、じゃあギルドに報告するか、帰ろう」



――



 大鬼出現と討伐をギルドに報告すると、俺はその足でリドリー評議員の邸宅を訪れていた。ギルドの方は大鬼の討伐証明を見て上を下への大騒ぎだった。まあ俺も現場を見ていなかったら一緒になって騒いでいたし、当然と言えば当然か。


「要件は?」


 リドリー氏は応接間のソファに腰掛けると、挨拶などを省略して本題を切り出してきた。


「ギルドには報告しましたが、町の近くで大鬼が出現しました」


 それを聞いて、彼は眉を動かす。それは「続けろ」のサインであることを、それなりの回数会話して俺は察していた。


「既に討伐は終えていますが、大鬼の配下がこんなものを身に着けていました」


 そう言って俺は机の上に金属片を置く。


「ウロボロス環……オース皇国か」

「はい、ご存じの通り、ここからオース皇国との国境はかなり距離があります。自然発生したにしては奇妙過ぎるかと」


 リドリー氏は顎に手を当てて小さく唸る。


「……リック、君の推測を聞こう」


「オース皇国が擁する魔物使い部隊の暗躍と破壊工作……と言いたいところですが、そんな事をするには離れすぎている。エルキ正規軍をこちらに釘付けにしたい、という意図だとしても、それをするには大鬼じゃ力不足、少し前の三頭狼を加えても我々冒険者で何とかなるレベルです」


「つまり――自然発生的な事だと?」


 リドリー氏の眼が細められる。


「はい、ただし、少し厄介な話になります。三頭狼も大鬼も生息域はオース皇国方面です。つまり、オース皇国にて何か三頭狼ですら逃げ出すような、危険な兆候が発生しているものと思われます」


「……なるほど」


 リドリー氏は顎をもう一度撫でると、深く息を吐いてから言葉をつづけた。


「調査しておこう」


 返事は淡々としていたが、彼は言ったことは必ず守る。それに関して俺は心配していなかった。


「ありがとうございます。では、俺はこれで――」

「少し待て」

「……?」


 席を立とうとしたところで呼び止められる。


「クラリスとも会っていけ、会いたがっていた」

「は、はい……」


 クラリスが会いたがっている? どういう事だろう。


 不思議に思いつつも、応接室から退出した俺は、リゼと合流してからクラリスの私室へ向かうことにした。

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