第31話 オース皇国
「さあ、ウィルさん、ここまでくれば安全ですよ」
「……」
洞窟の入り口まで戻ってきたところで、リゼはウィルに話しかけた。
「リック様が心配ですか? 大丈夫ですよ、こんな程度で負けたりはしません」
「少し、黙っていろ」
「でも――」
「うるさいっ!」
ウィルは彼女の気遣いを押しのけて、地面に拳を突き立てた。
「クソッ! 分かっている! あの大鬼を見て足がすくんだ自分と、躊躇なく立ち向かったリックの力量が、どうしようもないほど開いていることは!!」
ウィルは歯を食いしばり、目を潤ませて叫ぶ。
何度も悪態をつき、嗚咽を漏らしながら怒る姿を見て、リゼは何も言えなかった。
「はぁ……はぁ……自分が嫌になるな……人目を憚らずにこんなことを」
「……」
リゼは彼が落ち着きを取り戻すまで、じっと彼を見つめていた。
――
「ふう……」
溶断刀を発動させて頭蓋を串刺しにすると、大鬼はその巨体から力を無くして崩れ落ちる。これでボスは倒した。そこら辺の雑魚は何もしなくても散っていくことだろう。
俺は討伐証明素材を剥ぎ取って、二人の戻っていった方へと向かう。
しかし、こんな近場に大鬼が住み着くなんて事があるのだろうか?
特にここは国境近くの地理的、政治的に重要な拠点だ。西の森はヤガーが早々に押さえ込んでいたから、発見が遅れたと考えれば、納得がいく。しかしこんな町の近くに、組織を形成するほどまで大鬼が潜んでいられるとは考えにくかった。
「んーなんだろうな、この違和感」
どこかから群れごと持ってきたか、あるいは誰かが隠していたような、そんな違和感がある。少し調べてみてもいいかもしれない。
歩きながら周囲を見回してみる。どこもかしこも黒焦げになった小鬼の死骸が転がっている。
「……あ、そっか」
いい事を思いついた。俺は損傷の少ない小鬼から装備を剥ぎ取って、それを詳しく観察する。
小鬼用のいびつな印が彫られてはいたが、人間だってその装備に印をつけている可能性がある。
チェストプレートを丁寧に見ていくと、端の方に尻尾を食らう蛇をモチーフとした印章が目に入った。
「ウロボロス印……オース皇国?」
この印章はエルキ共和国の隣国、オース皇国の物だ。確かにここは国境地帯、それがある事は別におかしくはない。ただし、隣り合っているのがオース皇国だったらの話だ。
勿論ここはエルキ共和国とイクス王国の国境だ。オース皇国は随分と遠い。
「妙だな……リドリーさんに相談してみるか」
俺はそう思って印章の掘られた部分を切り離し、それをしまい込んだ。
さて、少し時間を食ってしまった。早めに戻ってやらないとな。
『きゃあああっっ!』
そう思った俺の耳に、リゼの悲鳴が聞こえてきた。
「っ!!」
俺は反射的に地面を蹴り、出口へと向かう。
もう半分以上は戻ってきていた。距離としてはそこまで離れていない!
「リゼッ!! 無事……だな」
慌てて洞窟から飛び出した俺の眼に入ったのは……
「ぎゃあああああ!!! いやああーーっ! 気持ち悪い! 助けてリック様―っ!!」
「ぐすっ……ママァ……」
グズグズに泣きながらリゼに抱き着くウィルと、それを本気で嫌がっているリゼだった。
「はぁ……」
少々気抜けしたが、俺はため息をついてから二人に近づいて――
「人の奴隷に何しとるんだお前は!!!」
「ぎゃああああっ!!」
ウィルの脳天に拳を振り下ろした。
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