第22話 無名峡谷の底へ

「あああああぁぁぁぁっ!!! 助けてえぇぇぇっ!!!! リック様ああああああっ!!!」

「回復、風切っ!」


 連鎖魔法を発動させて、リゼを抱きとめる。何とか二回目も、俺たちは五体満足で目的地までのショートカットを成し遂げた。


「あ、あああ、ありがとう、ございます」


 ……三回目は、無いと信じたい。


「さて、着いたはいいけど、アレロダイコンはどこにあるんだ?」


 周囲を見渡すと、白っぽい岩やその隙間から生えている草が揺れているのが見えた。遠くには水の流れる音が聞こえるため、ここで間違いはないんだろう。


 たしか、もっと水辺の方に生えているっていう話だったな。ヤガーの言葉を思い出して、俺はそちらへ足を向けた。


「……あ、あのっ、リック様」

「ん、どうした? リゼ」


 歩き出そうとしたところで、リゼに呼び止められる。振り向くと、彼女はこちらを見ず、視線を逸らして話を始めた。


「えっと、勢いでついて来ちゃったんですけど、私って必要ですかね?」

「なんでまたそんな事を?」


 リゼの言った意味を測りかねて、俺は聞き返す。


「戦闘では役に立たないですし、探知系のスキルがあるわけじゃないですし、たくさん荷物を持てるわけじゃないんですよ、いる意味があるのかなーって」

「……」


 俺は不安げなリゼの姿を見て、とても変な顔をしたと思う。


 何故かというと、全く同じことを昔自分が言った覚えがあるからだ。


「もちろんあるよ、当然だろ」


 俺は最低限の言葉で答えた。


 知ってる。

 分かる。

 共感する。


 彼女は今、昔の俺と同じような悩みを持っている。


「で、でもっ……」


 何も考えていないような、底抜けの明るさに甘えていた。


 どんなに明るくても彼女は家族を失った孤児で、一人の少女で、悩みのある人間なのだ。


「……っ、リック様?」


 軽薄そうな仮面の下に覗く、等身大の彼女を垣間見て、俺は無意識にリゼの頭を撫でていた。


「不安もあるだろうし、自信を失うのも分かる。でも、リゼはずっと俺の支えになってるんだ。居る意味がないなんて言うな」

「……はい」


 納得してないだろうな、俺は心の中でそう思ったが、口に出すことはしなかった。


 これは口で言って分かるようなことじゃないし、ましてやすぐに解決することじゃない。もっと長い時間と葛藤を経て解決する問題だ。


 俺は幸いなことに、連鎖術師として覚醒することで解決に向かうことが出来た。リゼにもそんな転機が訪れるのだろうか。


「よっし、じゃあリック様! アレロダイコンを探しに行きましょう、クラリスさんの為に!」


 リゼは頬を叩き、気合を入れて宣言する。俺はその姿を微笑ましく思いながら、アレロダイコンのありそうな水辺を目指して歩き始めた。



――



「うわぁ。ちょっとこれは……」

「想像以上だな、水辺まで行くにはどれだけ降りればいいんだ」


 視界には一応川が見えている。ただしそれは、峡谷の谷底を流れる川だ。


 ざっと見ただけで数十メートルはある。下の状態が分からない為、回復>風切の力技で降りるわけにもいかない。


「降りれそうな道は……」


 うーん、探してみるが、サイゾウでもないと見つけられそうにないな、どうしよう、手詰まりだぞ。


『何、してるの……』

「うおっ!? ……っと」


 どうすべきか悩んでいると、リゼの懐に居た観測用スライムが飛び出して、地面で跳ねた。


『ついて来て、安全な道、先導する……』


 スライムは二、三回跳ねた後、峡谷の崖を降りていく、どうやらそのルートが安全に降りられる道らしかった。


「ごくり……」

「じゃあ、行くか……」


 リゼに声を掛け、慎重に下っていく。


 一歩踏み出すたびに、パラパラと細かい砂粒が谷底へ落ちていく。連鎖魔法があるとはいえ、落ちたら間違いなく無事じゃすまないよな……


「リック様、これ、めちゃくちゃ怖いです……」

「俺も、全くの同感だ」


 普通、こういう場所には先人の残したロープや、持参した命綱に頼るものだが、残念ながら今はそんな余裕は無かった。


 なるべく急いでアレロダイコンを採取し、ヤガーの調合によって解毒薬を作らなければならない。


「だけど……頑張ろうな、リゼ」

「は、はいっ」


 俺たちはスライムの先導に従い、峡谷を下へ下へと降りていく。

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