第21話 アレロダイコン採取へ

 回復属性の魔法を何度もかけなおしつつ、町まで戻ると俺はすぐに教会の門をくぐった。


 竜種が持つような毒を解除できるのは、エルフの薬か教会保有の上質な解毒薬くらいだからだ。


 既にリドリー評議員には連絡してある。今は馬車を飛ばしているところだろう。できれば鉢合わせたくないが、彼から逃げるのは不義にも程があるだろう。


「これは……我々の薬でも難しいかもしれません」

「そんな、何とかならないんですか?」


 俺はというと、教会の別室で医師に食って掛かっていた。


 彼らが言うには、ここにある薬では進行を遅らせる程度しかできない。つまり、ここにあるのは症状を抑えられる連鎖魔法未満の効果しかない薬だけという事だ。


「この毒は恐らく毒竜の体内で生成されるもののうち、最悪な物のうち一つと思われます。毒素が被害者の体力を利用して自己増殖し、宿主が死ぬまでそれを蝕み続ける……そんな毒です」


 通常の毒は九〇%程度を解毒すれば、後は肉体の免疫によって回復するようになっている。しかし、この毒は九〇%を解毒したとして、すぐに自己増殖により元に戻ってしまうらしい。


 抗うためには継続的に解毒を行う必要があり、それだけでは完全に毒素を排出することは不可能だった。


「正直なところ、現場からここまで持たせられたのも奇跡のような物です。一体どんな――」

「ま、まあまあ、それはいいとして、本当にどうにかできないんですか?」


「残念ながら……我々も最善を尽くしますが、彼女の命は持って三日か四日ほどかと」


 俺は歯ぎしりをする。毒竜との戦いを甘く見ていた。常に距離を取って魔法で倒すべきだったのだ。


 長期戦になるほど毒素が充満し、不利になるからこその短期決戦だった。しかし、クラリスのスキルに頼る部分が大きかった。高レベルのスキル持ちとはいえ、冒険者としては初心者だ。彼女を危険に晒すような作戦は取るべきじゃなかった。


「リック様! こちらに居ると聞いて飛んできました!」


 リゼが扉を勢いよく開けて飛び込んでくる。


「教会では静かに」

「あっ、はーい……」


 突入と同時に雰囲気を察したのか、リゼはすぐにおとなしくなった。


「しかし……教会の薬とエルフ製の薬でも解毒しきれない毒か、何とかならないかな……」


『呼んだ……?』


「わっ、ぽよちゃん!」


 リゼの懐に潜んでいた観測用スライムが声を発する。


『ぽよちゃん、じゃない……それで、ヤガーの薬は効かなかったの……?』

「ヤガー! ああ、飲ませたが効果は薄かった。自己増殖する毒物らしい」

『ふー……ん』


 スライム越しにヤガーは黙り込んで何やら唸っている。それはなぜか失敗や悔しいといった雰囲気ではなく、なぞかけで遊ぶ子供のような無邪気さがあった。


「……面白い、観測用スライムを、患者にくっつけて」


 ヤガーはそう言って、スライムを震わせた。



――



 観測用スライムでの診察は終わったらしく、俺とリゼは西の森にきていた。


「あの毒は……特別、専用の解毒薬がいる」


 俺たちの姿を見ると、ヤガーはいつもの調子で話し始める。


「つくれるのは、ヤガーだけ……でも、材料が足りない」

「その材料は何なんだ?」


 俺は身を乗り出して問いかける。俺のせいでああなったんだ、クラリスを助けるためなら何処へだって行くつもりだ。


「ここから三日ほど歩いた先にある峡谷……そこに生えてるアレロダイコンっていう植物」


 片道三日……馬を使ったとしても二日、クラリスが耐えられるのが最大で四日、ギリギリすぎるな、帰ってくるまで身体が持つだろうか?


「特徴は教えるから、取ってきて」

「いや、ちょっと待ってくれ、患者……クラリスはそんなに長い時間耐えられないらしい、どうにかしてもっと――」


 そこまで言って、俺はある物に思い当たる。


「あっ……も、もしかしてリック様、アレに乗れば」


 リゼも思い当たったようで、顔を引きつらせた。


 それを使えば一瞬で目的地に着き、帰り道のみの時間を考えればいい。

 ただしそれを使うのは、かなりの危険を伴う。

 俺は……それを二度と使わないと誓っていた。


「そう、アレを使えばすぐに……到着する」

「いや、ちょっと……もう少し近場に……」


 なんせアレは危険すぎる。なんせ着地を誤れば死が待つのだ。クラリスを助けたいのはもちろんだが、迷いなくアレに乗れるかと聞かれると、すぐには答えられない恐怖があった。


「一番近い場所がそこ、照準は終わってる……早く『装填』されて」


 ヤガーの言葉に、俺は確信する。


 また、あの人が乗るものじゃない「ニンゲン大砲」に乗る羽目になるのだ。


「リ、リリリリ、リック様、前回と同じように、ちゃんと受け止めてくださいね」

「お、おう……任せとけ……」


 ガタガタと明らかに動揺したリゼを安心させようと、自信を持って答えようとしたが、俺には無理だった。


 俺だって、めちゃくちゃ怖いからな……

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