第20話 討伐完了
「フシュゥゥゥ……」
独特な鳴き声が聞こえて、毒竜が荒野を歩いている。
周囲の草木はみるみる枯れていき、遮蔽物が少なくなるため身を隠すにも一苦労だ。
「……」
クラリスは抗状態異常スキル、俺は防毒の護符によって身体と装備を保護しているが、もしそれが無ければ周りの景色と同じように灰色に朽ち果てているはずだ。
指を立てて突入の合図をクラリスに送り、彼女が毒竜の前に飛びだして大盾を構える。
「ギャオオォッ!!」
奇妙な鳴き声と共に、紫色の粘液がクラリスを襲う。彼女は大盾でそれを防ぎ、周囲に粘液がまき散らされる。
粘液がぶつかった地面はドロドロに溶けていき、毒竜が持つ毒素のすさまじさを物語っていた。
しかし、大盾には腐食の跡が全くない。クラリスの装備には神銀(ミスリル)が使われており、炎竜(ファフニール)のブレスさえも防ぐ代物だ。
毒竜の意識が彼女へ向いた瞬間。俺は身を翻して背後を取り、魔法を唱える。
「風切、火球、風切――」
風属性魔法により空気を取り込み、火属性魔法の威力を倍増させ、さらに風を送り込むことで炎を竜巻のように練り上げる。
「火炎旋風(ファイアストーム)!」
「ギャアアァァッ!!」
火柱が上がり、毒竜を包み込む、毒々しい色をした鱗が焼けこげ、その下にある筋繊維が露出する。
「ギャオッ!」
今度は俺の方に毒粘液を吐き出そうとするが、明らかに先程よりも小さく、俺にぶつかる前に火炎旋風で燃え尽きてしまった。
「クラリス! とどめだっ!」
俺が叫ぶとクラリスは跳躍し、大盾を目一杯振りかぶって、毒竜の脳天へと振り下ろした。
「ギャッ――」
ブチッという嫌な音と共に、毒竜の頭部が潰れる。
盾殴打(シールドスマッシュ)は、騎士が持つ数少ない攻撃用スキルだ。その威力は大盾マスタリーのレベルと装備の防御力に依存している。
平均以上のマスタリーLvと強力な防具に大盾だ。この威力も納得だろう。毒竜の頭部も固いはずだが、鱗を火属性魔法で変質させたのが功を奏したようだ。
毒竜の弱点属性は火属性だ。魔力の無い環境を歩くうち、魔力の爆発ともいうべき熱と炎の耐性が退化してしまったらしい。
さらに、体内で生成する毒物や内臓器官である毒腺は、熱による変質に弱く、加熱すればほとんどその毒性を失うような性質だった。
「ふう、何とかなったな、じゃあ討伐証明の素材を剥ぎ取って……クラリス?」
毒竜の身体はその体質から、剥ぎ取らなければすぐに腐敗してボロボロに朽ちてしまう。急いで剥ぎ取ろうとした時、俺は彼女がふらついているのを見てとっさに手を伸ばした。
「……っ、ぁ――」
踏みとどまろうとしたが、クラリスはそのまま俺に倒れこんできた。
彼女の顔を見るとかなり顔色が悪い。頭部を潰したことで変質しきっていない体液を浴びてしまったらしい。
「っ、不味いな……クラリス、少し歩けるか? さすがに毒竜の近くで解毒治療は無理だ」
クラリスは頷いて、ふらつきながらも俺によりかかる形で歩き始めた。
――
毒消しは飲ませたが、それは大部分の毒素を解毒したものの、毒竜の体液に含まれる毒のすべてを消し去ることはできなかった。
「はぁ……はぁっ……」
クラリスの呼吸は荒く、かなりの発汗も見られる。このまま自然回復スキルに任せるのは危険だった。
考えろ……このままでは町までは持たないだろう。しかし、ここで追加の毒消しを飲ませるのは効果が薄い。
火属性魔法で消毒するにしても、毒がどの位置に廻っているのか分からなければ、火傷させるだけだ。回復>火球の連鎖も周囲を温かくするだけ――
「……まさか」
思えば、回復>岩鎚も回復>風切も、防御能力や回避能力を著しく上昇させる。「温かくする」なんていう簡単で単純な能力が、回復>火球に割り振られているだろうか?
「回復、火球っ」
手の先から熱風がふき出して、クラリスの身体を包み込む。彼女の体表でチリチリと火花が散り、徐々に彼女の表情から険しさが消えていく。
「大丈夫か?」
「……」
クラリスは静かに頷く。少なくとも症状は治まったらしい。
「体力が回復したらすぐに戻ろう。毒竜相手に油断し過ぎたな……済まない」
「構わない」
そうは言うが、クラリスの顔は未だに蒼白だ。容体が急変することも考えて、俺はこの場を離れられない。討伐証明を取りに行くことは難しそうだな。
討伐証明がない状態では、ギルドは依頼達成を承認してくれない。しかし、それに目がくらんでクラリスを放置できるわけがなかった。
どうしようかな、討伐したことを信じてくれるだろうか。
クラリスの容態も気になるが、そちらも冒険者としては大きな問題だった。
……まあ、仕方ないか。
クラリスに万一の事があれば、依頼を達成していても、リドリー氏が協力してくれるようには思えない。それではただ冒険者の実績になるだけだ。
惜しくないと言えば嘘になるが、人命と天秤にかけて良いものじゃない。俺は回復魔法を掛けつつ、彼女が早く回復することを祈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます