第18話 毒竜討伐準備
「ごめんなさいねぇ、セドリックもクラリスちゃんも、他人が居るとまともに喋れなくなっちゃうのよ。仕事は別だけどねぇ」
「……」
アナスタシアさんの言葉に、クラリスとリドリー氏は身体を傾けた。どうやら会釈をしたらしい。
「いやあ、びっくりしましたよ、私もリック様も、牢屋にぶち込まれる覚悟してましたもん」
「リゼ、口調、口調……すいません、それにしても、なぜ俺を?」
友達のお母さんに話すような口調をたしなめて、俺は改めて呼ばれた理由を聞いてみた。
「クラリスちゃんが初めてパーティを組んだ男の子がどんな人なのか気になったのよ、口下手だから毎日ギルドに行ってはそのまま帰ってきていたんだけど、昨日は珍しくパーティを組んだって聞いてねぇ」
アナスタシアさんは「うふふ」と笑って口元を隠す。
「それで、クラリスちゃんったら夕飯の間ずっとパーティを組んだ男の子の話をするんですもの、セドリックも気になっちゃって、人相書をクラリスちゃんに書かせて、会ってみるなんて言い出したのよ」
クラリスは隣にいる母親の肩をぽすぽすと叩いて俯いている。どうやら恥ずかしいらしい。
……なるほど、あの異様に美化された人相書は彼女の直筆だったか。
「ちょっと迷惑だったかしら?」
「いえ、つれてこられた時は驚きましたが、そういう理由でしたら光栄です」
死ぬか冒険者人生が終わると思っていた俺は、突然降って湧いたお偉いさんとのコネクションに浮かれて、満面の笑みで応えた。
「ありがとう。わたくしも安心しましたわ、セドリックもクラリスちゃんも、人見知りなくせに寂しがり屋でかまってちゃんなんだから」
リドリー氏の眉間に皴が寄る。機嫌を損ねたかと思ったが、どうやら「申し訳ない」という意思表示らしい。
「でも安心ね、こんなに立派な冒険者ですもの、それにあの人相書の通り、カッコいいじゃない」
「いやあ、あそこまでカッコよくは……って、安心とは?」
「うふふ、そうねえ、これは流石にセドリックが言うべきかしら? ほらあなた、リックさんにしっかりお願いするのよ」
アナスタシアさんはリドリー氏に水を向け、リドリー氏は大きく咳払いをしてから口を開いた。
「近頃、毒竜(バジリスク)がこの町へ向かっているという情報を得た。討伐を頼みたい」
「毒竜!?」
――毒竜。
最下級竜種とは比べ物にならない、強力無比な上級竜種だ。毒攻撃に加え、石化の視線や麻痺毒や麻酔毒による攻撃など、とても一人で挑んでいい相手ではない。並の冒険者では傷一つつけることが難しい存在だった。
「え、えっと、さすがにそれは荷が勝ちすぎているというか……」
「貴様なら可能だと判断した。討伐の暁には中央評議会へのコネクションも与えよう」
中央評議会はこのエルキ共和国の中心ともいうべき機関だ。そこへのコネクションが出来るという事は、この国では多少の無茶が許されるという事で、成り上がりや一獲千金を夢見る冒険者としては、目標の一つと言って差し支えない栄誉だった。
「っ……」
しかし、毒竜である。通常依頼として出されるなら白金等級、つまりシエラ達でも手こずる依頼だ。それを易々とソロで受けるのは、まだ悩ましい。
「リック様……」
リゼは心配そうに俺の顔を覗き込む。冒険者ではない彼女からすれば、毒竜討伐の危険性は今一つ想像しにくいだろう。
「……私も同行する。文句はないだろう」
悩む俺を見かねたのか、ただ単にやっとのことで会話に入れたのか、クラリスは表情を崩さないままそう言った。
「うーん、分かりました。ただし準備があるので少し日数を下さい」
難度が高いとはいえ、こんなチャンスは千載一遇だろう。俺は恐怖心を何とか抑え込んで、首を縦に振った。
――
「と、いうわけで、防毒装備を作って欲しいんだが」
「……馬鹿、なの?」
毒竜対策で有効な物を持っているとすれば、魔道具使いのヤガーくらいだった。俺はリゼに留守を任せて西の森へと赴いていた。
武器・防具屋では毒を無効化するような高級装備は売っておらず、今から発注しても出来上がるのは数か月後とかそんなレベルだ。
「なんで……ニンゲンなんかに、道具を作らなきゃいけないの」
「そう言うなって、もうお前しか頼れる奴いないんだよ、何すれば作ってくれる?」
そうだ、ヤガーが作ってくれないと、毒竜がこの町に到着するまでに防毒装備が手に入らない。それは俺の死を意味するし、この町、ひいては西の森まで被害が出ることになるのだ。
「じゃあ、ヤガーに協力して」
「おっ、実験か何かの手伝いか? 何をすればいい?」
「手を握って」
なんだか分からないが、俺は彼女の手を握る。小さいながらも温もりを感じられる可愛らしい手だ。
「……じゃあ次、だっこして」
ひょいとヤガーを抱き上げる。うーん見た目通りの軽さだ。
「……」
「え、つ、次は?」
「動かないで」
「はい……」
どのくらいそうしていただろうか、いい加減両手の感覚が無くなりかけた時、ようやくヤガーは降ろすように言ってくれた。
「……んふーっ」
衣服の乱れを直し、最後にぱんぱんと服を叩くと、ヤガーは満足げに鼻を鳴らした。
「えっと、ヤガーさ――」
「明日までに作る」
声を掛けようとした瞬間、彼女は土巨人に連れられて森の奥へと帰っていった。
とにかく、これで作ってくれるだろう。
……多分。
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