第17話 リドリー一家
しかし俺は何をしたのだろう? 馬車の中で腕を組み、考える。
記憶をたどっても全く身に覚えがない。
「ねえ、リック様……ホントに何も心当たり無いんですか?」
「無い……というか法に触れてるとすれば、リゼを拾った時、奴隷商人から直接買った訳じゃないから、泥棒扱いされてるとかか?」
「でも、私を買って行った奴隷商人、馬車ごと商品ダメにしたとか報告してませんでした?」
「それなんだよな……」
捨て子を拾って自分の奴隷にする。それ自体はありふれた話であり、商人が放棄した荷物は誰かが再利用しても何ら犯罪ではない。
という事は、俺に落ち度は何もないわけで、この町に着いてからやったことと言えばギルドの依頼と悪徳商人を捕まえた事、シエラ達を助けたのだって何ら法に抵触するはずが無いのだ。
「むしろ最近の事ですかね? こないだ買った服が狩猟禁止の動物からとった毛皮だったとか」
「残念だが俺たちに毛皮を買う金なんてないし、買ったのは綿織物だ」
「悲しい方向に身の潔白が……」
そう、俺たちは間違いなく人畜無害で善良な冒険者なのだ。治安委員とヨロシクするような人種ではない。
「ついたぞ、出ろ!」
馬車の外から鋭い声が聞こえて、俺たちは挙動不審になりながら馬車を降りた。
「……なに、ここ」
俺はてっきり刑務所的な、物々しい雰囲気の場所へ連れていかれると思っていた。だが目の前に広がるのは、先日買った庭付きの屋敷よりもはるかに大きい豪邸だった。
「セドリック・リドリー評議員の邸宅だ。貴様を連れてくるよう言われている。ついてこい」
セドリック・リドリー評議員……たしか、治安委員会の議長も務めている超大物じゃないか、そこまでヤバい事やった覚えないぞ?
なぜ一介の冒険者である俺が、こんな雲の上に居るような人の自宅にまで招かれているのか。全く分からない。
だが分からないからといって、周りで睨みをきかせる治安委員は待ってくれない。さすがのリゼも俺の服を掴んで縮こまっている。
「よ、よし、行くぞ……!」
「ひぃぃ……私達、何もしてませんよぉ……」
――
通された部屋は薄暗い牢獄……というわけでもなく、賓客を迎えるような華々しい雰囲気の部屋だった。
「……あれ?」
「リック様、これってもしかして、歓迎されています?」
この部屋まで俺たちを連れてきた治安委員が、碌に手錠もしないまま出ていったのを見て、リゼはこそっと囁いた。
「うん、おれもちょっと思った。なんだろう、つい最近も――」
同じようなことが、と言いかけてドアが開かれた。俺たち二人は居住まいを正して、開いた扉の方を向く。
「……」
あ、これ死んだ。
入ってきた人物を見た瞬間、自然とその思考が脳裏をよぎった。
灰色の髪に切れ長の瞳、髭は丁寧に揃えられ、服の下からでもわかる鍛え抜かれた肉体……セドリック・リドリー評議員その人だった。
彼は軽く会釈をした後、上座のソファに腰掛けて、俺たちにも座るよう促した。
「……」
「……」
ど、どうしよう……間が持たない。
頼みの綱であるリゼも、さすがの威圧感に声も出ないようだ。一体俺は何をやらかしたっていうんだろうか?
「あなた~、もう、わたくしたちを置いて行かないでくださいませ~」
どうしようもない膠着状態の中、扉が開かれると気の抜けるような、ほわほわした声が飛び込んできた。
「……」
「……」
リドリー氏はその声の主に視線だけを向け、俺たちは身体を動かすと命を取られそうな錯覚に陥っていたので、微動だに出来なかった。
「あらあら、だからいつも言っているでしょう? あなたも、クラリスちゃんも、おはなしが下手であがり症なんだから、わたくしと一緒にあいさつしましょうねって」
……クラリス?
ちょっと待って、つい最近そういう名前の子と知り合って――うん、これは……もしかして。
「リックさんにリゼさんですね~、娘がお世話になりました~。わたくし、クラリスの母、アナスタシアと申します。そしてこちらがクラリスの父、そして私の夫セドリックですわ~」
「えっ」
あまりの事に、俺は振り向いて部屋の入り口を見た。
「……」
「うふふ~」
そこには昨日と同じ表情で俺を睨むクラリスと、クラリスと同じ髪色の、しかしクラリスと正反対な表情をした女性が立っていた。
「あ、えっ……とそのー」
これはいったいどういう事だと思考が停止しかける。
「む、娘さんを……お世話させていただきました……」
そして、そういう状況でも何とか思考をしようとすると、大概変なことを言ってしまう。視線の端でリゼが顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。笑ってやがるなこの野郎。
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