第16話 治安委員会からの出頭依頼
大盾で最下級竜種の攻撃を防ぎ、その隙間から水弾>雷撃を放つ。単純明快な作戦だが、効果はてきめんだった。
「ふぅ、こんなもんか」
「……」
周囲の敵があらかた動かなくなったのを確認して、俺はリゼを呼び寄せる。一人で討伐証明と素材を集めるのは流石に骨が折れる。
「……」
「今日もいっぱい倒しましたねえ、クラリスさんも初めてなのにリック様と息があってて、見てて安心感ありましたよ!」
俺たちがせっせと解体をしている横で、クラリスはじっと動かずに睨んでいる。
「ああそうだな、クラリスは動きもこなれていたし、どこかの金等級以上のパーティ所属なんじゃないか?」
「いや……」
短く否定して、彼女はそっぽを向いてしまう。何か聞かれたくないことが……いや、これ照れてるのか?
「とにかく、助かったよ。そういや名乗ってなかったな、俺はリック。普段はソロで活動してる冒険者だ」
なるべく笑顔で、手を差し伸べる。冒険者同士で信頼を確かめ合う行為、すなわち「握手」だ。
「……先に帰らせてもらう」
しかし、クラリスはそれに応じることなく、さっさと帰路についてしまう。
「恥ずかしがり屋さんですね、あの人」
なんか怒らせることしたかな、とか不愛想な奴だなと思っていると、リゼがぽつりとそんな事を言った。
「え、そうか?」
「そうですよー、見ない顔でしたし、今日が冒険者としての初仕事! みたいな感じじゃないですか?」
リゼの顔の広さはよく知っている。その彼女が知らないのだから、きっと流れ者か本当に初心者で、冒険者になりたてなのだろう。
「……じゃあ今度、見掛けたら飯にでも誘ってみるか」
「おおっ! いいですねっ、私は塩漬け肉を丸ごと焼いた奴でいいですよ!」
「『でいいですよ!』ってお前……滅茶苦茶高級そうなものを……」
「そんなことないです! 銀貨五枚くらいです!」
「この依頼の報酬が半分くらい吹っ飛ぶんだが?」
リゼの冗談を軽く受け流しつつ、俺はクラリスの後を追うことにした。
――
「リックという男は居るか!?」
問題は次の日に起きた。
俺とリゼは店の奥で、塩漬け肉を薄くスライスしたサンドイッチを食べていたが、店の入り口で発せられたその言葉はここまで届いた。
「エルキ中央評議会議員から直々の呼び出しだ! 隠し立てすればただでは済まないぞ!」
「あいつです」
「そこにいます」
「あ、隣にいる子は勘弁してあげてね」
……なんというか、仲いいな、お前ら。
ささっと店の入り口から俺の場所まで道ができる。入り口に居たのは、ビシッとした服を着た三人組の男だった。
「うわっ、リック様ヤバいですよ、あの制服、治安委員会の奴です」
――治安委員会。
いわゆる泥棒とかの犯罪者を取り締まる委員会で、彼らに捕まると、かなり厄介なことになる。
「えっ、ちょっ……俺、何も悪いことしてないよな!?」
いや確かにみんなからの好感度はゼロだけども、犯罪行為はしてない、リゼの奴隷登録だって正規の手順を踏んだものだ。
「リックだな……面相書と随分違うが、黒髪碧眼の奴隷を連れたソロ冒険者という特徴は一致しているな」
そう言って、治安委員は俺に面相書を見せてくる。
「ホントに似てないな!?」
面相書の俺は、さらさらヘアーで面長の輪郭をしていて、異様にキラキラした瞳や定規で引いたような真っ直ぐとした鼻筋を持っていた。肩はびっくりするほどしっかりと角ばっていて、構えた右手からは謎のオーラが迸っていた。
「ですねえ、リック様はもっと、ぼーっとして、のべーっとした、モブっぽい顔ですよ」
「リゼ、もうちょっと手心を……」
自覚してはいるものの、親しい異性からそれを言われると、かなり傷つく。
「えーでも、それ以外って言うとー」
そう言ってリゼは俺の顔を覗き込んでまじまじと見る。しかし数秒見ていたかと思ったら、頬を赤らめて目を逸らしてしまった。
「あ、あのー……やっぱ、全然かっこよくない、けど……それなのに、見つめられると、すっごくドキドキしちゃうんで……これくらいで」
「お、おう……」
なんとなく、下手なフォローよりも自尊心が回復した気がする。
「とにかく、お前がリックで間違いないな?」
「ああ、だけど俺は絶対に変な事はしていないぞ」
無機質な視線を跳ね返すように、俺は治安委員を見返して立ち上がる。
「それはここで証明することではない。これから向かう場所でしてもらう」
男たちは俺とリゼを店の外へ促して、そのまま馬車に乗せた。
「いやあ、初めてですよ、治安委員の馬車に乗るの」
「当然だろ、むしろ乗ったことある方が珍しいわ」
「静かにしろ。馬車を出すぞ」
全然緊張した様子のないリゼと、緊張を何とか隠そうと頑張る俺と、無表情な治安委員を乗せた馬車は、ゆっくりと動き始めた。
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