第15話 沈黙の騎士

「リック様、眠そうですね……大丈夫ですか」

「大丈夫……だと思う」


 俺は眠い目をこすりながらいつも通りギルドの門をくぐる。リゼを奴隷にしたことにより、滅茶苦茶好感度の下がっていた俺だったが、最近は何とかまともに話ができる程度には信頼を勝ち取っていた。


「やあ、リゼちゃん! 今日も元気そうだね」

「おはようございます! 今日も元気です!」


「リゼちゃんクッキー焼いたけど食べる? 貴方の好きなシナモンクッキーよ」

「わあ、良いですね! いただきます!」


「リゼちゃーん、こっちでお酌してよ」

「絶対嫌でーす!」


 ……うん、俺の好感度がマイナスからゼロになっても、リゼの好感度はマックスだからこういうことが起きるんだな。


「よう、リック。今日も依頼か?」

「その通り、一人でも受けられる。なるべく高難度の依頼を頼む」


 俺は依頼板の近くに居るおじさんとあいさつを交わす。


 最初こそリゼの奴隷姿を見て敵愾心むき出しで対応されたが、何度かやり取りするうちに俺の事を信用してくれたようだ。最近は俺の好みに合った依頼を探してくれるようになっている。


「なら、これでどうだ? 銀等級依頼の最下級竜種(レッサーリザード)討伐、数は多いがお前なら十分だろ。なんせ三頭狼を単独討伐するような奴だ」


 最下級竜種は、そこまで危険度は高くない。ただし竜種だけあって防御力が高く、そのうえ数が滅茶苦茶多い。シエラと一緒だった頃は大発生の依頼を受けた結果、一日で三〇匹ほど倒したこともある。


「いいな、それに――」

「その依頼、私が一緒に受けても構わないか?」


 いつも通り依頼書にサインをしようとしたところ、後ろから声が掛かった。


 振り向くとプレートアーマーに身を包んだ女性が、腕を組んで俺を睨みつけていた。切れ長の瞳と新緑を思わせる鮮やかな瞳、そして蜂蜜をそのまま固めたような艶のある金髪をしている。


「おっと悪いな、この依頼、君も狙っていたのか?」


 俺は敵意がない事を示すように手を振って見せる。こういう手合いは張り合うと面倒だ。適当に流して別の依頼を探そう。


「……」

「そんな怖い顔すんなって、いいよ、俺は別の依頼を受けるさ」

「なら、私もお前と一緒の依頼を受けよう」


 張り合われてるなぁ……


 何度か功績を立てた冒険者は、時々こういう「勝負しようぜ」的な輩と鉢合わせることがある。


 シエラ白金旅団に居た頃もあるにはあったんだが、こういう手合いと直接ぶつかるのは、ほとんどシエラ達だったからどうにも扱いづらい。


「うーん、わかった。そんなに一緒が良いなら、元の依頼をやろうか」


 連鎖術は仲間の魔法がはさまると効果を発揮しない。だが魔法を使わない騎士(ナイト)系なら別にいても構わないだろう。


「リゼ―、そろそろ依頼に行くぞー」


 俺は遠くでクッキーをかじったり、周りの冒険者にめいっぱい可愛がられている彼女を呼ぶ。


「はい、リック様! じゃあ皆さん、また明日!」


 リゼは元気よく周囲の人と別れて、俺のもとへ走ってくる。周囲から羨望の視線を感じてちょっとだけ優越感を感じる。


「よし、今日はこの人と一緒に最下級竜種の討伐だ」

「はい、分かりました! よろしくお願いしますね。えーっと……」

「クラリスだ」

「クラリスさん!」


 リゼ、どんな相手でも笑って会話できるのは、すごいよなあ。



――



 依頼地点を一望できる丘に出ると、眼下には数十匹の最下級竜種がうろついていた。


「さて、どうしようか」

「いつも通り、リック様の連鎖魔法で焼き払っちゃえばいいんじゃないですか?」


 確かにそうなんだが、気になる事もあった。


「……」


 クラリス……だっけ、彼女の目的が分からない。


 討伐数を競うのかと思えば、無言で俺たちについて来て、俺を睨み続けている。


 別にやましいところなんてないんだから、このまま戦えばいい。そう考えたいのは山々なんだが、こうも睨まれるとなぁ……


「……どうした?」


 しびれを切らしたのか、クラリスが抑揚のない声で問いかけてきた。


「いや、その……なんでそんなに睨んでるのかな、と」

「睨んでなどいない」


 そうは言うが、彼女の鋭い眼光は、明らかに俺を見つめていたし、感情の読み取りにくい声は敵意を隠しているように感じた。


「あの、リック様。クラリスさんは一緒に依頼を受けたんですし、協力して依頼をこなしたいのでは?」


 俺がまごついていると、リゼがクラリスとの間に滑り込んできた。


「え、そうなの?」

「……」


 無言の首肯。


 も、もしかして、とてつもなく不愛想で口下手なだけ……?


「わ、わかった。じゃあ作戦を説明するから聞いてくれ」


 騎士は自分と味方を防御することに長けた職業だ。だから、俺たちが採るべき作戦は――


「と、言うわけだ。出来るか?」

「……」


 無言の首肯。


 クラリスはそれだけすると、背負った大盾を右腕に装着した。こう見ると彼女はとても頼りがいのある存在に見える。


 ……しかし、思い込みって怖いな、これからはちゃんと確認してから行動を決めよう。戦闘態勢に入りつつ、俺はそんな事を考えた。

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