閑話:彼女の再出発
ゆったりとした、暖かい感触が体を包んでいる。シエラは自分が天国に迎え入れられたのかと思った。
しかし、手足の感触ははっきりとあり、目を開けるとぼんやりと視界が広がっていくのを感じる。そこまで実感して、シエラは死んだ訳ではなさそうなのを実感した。
「ん……」
「あっ! シエラ!」
シエラが目覚めると、セリカは不安そうな顔から笑顔へ表情をパッと変えた。
「セリカ……? ここは……」
「セリカ達のセーフハウスだよ、イオダンから帰ってこれたんだよ! ……あ、そうだ、アベルー! サイゾウー!」
セリカは二人を呼びに行くと、しばらくしてパーティ全員が部屋に集合した。
「シエラ、無事だったか」
「ふう、これで一安心だな、正直な話、全員で生きて帰ってこれるなんて、いまだに信じられないよ」
サイゾウは腕を組み、アベルはホッと胸をなでおろす。
「みんな、どうして……?」
シエラは自分が犠牲となり、少しでも他の三人を生かす選択をした。三人が幸運にも生きていたとして、自分まで生きているのは不思議な感覚だった。
「リックが助けてくれたんだ」
「え……? リック?」
不思議そうに聞き返すシエラに、アベルは経緯を話す。
「――そういうわけで、僕らはリックに助けてもらったんだ。シエラ……君も彼が助けに向かったんだ」
「嘘、だってアタシ……」
彼に酷い事を言って、挙句の果てにパーティから追い出して、殺しかけた。助けてくれる義理なんてないはずだった。シエラはそう言いかけるが、アベルは彼女の言葉を遮って、話をつづけた。
「確かに、僕も乗り気ではなかったし、サイゾウは直接止めた。そこまでしてもらう義理はない……って」
「だが、リックは某たちを叱咤した……『それじゃあ自分がされたことをそのままやり返してるだけだ』とな」
サイゾウが言葉を引き継いで話す。アベルは頷き、言葉をつづける。
「正直な話、その言葉を聞いて僕は、自分が恥ずかしくなった。仲間を切り捨てるなんて、しちゃいけないんだ」
アベル達の沈痛な面持ちに、シエラは静かにうなずく。
「うん……そうだね、アタシも、酷い事を言ってた。リックが居なくなってからは特に」
シエラは雪狼に囲まれ、意識を失う寸前に聞いた声、そして朦朧とした中で、常に声をあげて勇気づけてくれた姿を思い出した。
「……それで、これ」
アベルはリックから預かった小袋を取り出した。
「『自分と会う資格があると思うなら、エルキ共和国に来てくれ』だったかな? リックがその言葉と一緒にこれを渡してくれって」
その袋を見て、シエラは目を見開いた。
「……そう」
「この袋は何なんだ? 随分古ぼけているし、中には一体何が……」
気になるものの、中身をあらためない気遣いがアベル達にはあった。
「……これは、ずっと昔、冒険者になった時にお互い贈り合った御守り、みたいなものね」
アベルから袋を受け取り、シエラは懐かしそうにその袋を撫でる。
「中身は髪の毛、一房ずつ入っているから、これにはアタシの髪が入ってる」
お互いの信頼を表す証としての側面を持つそれは、別の使い方があった。
「……交換した相手が信じられなくなった時、この御守りを送り主に返して、問いかけをするの……これをもう一度相手に返せば『ごめんなさい』……もし捨てたら……『あなたが悪い』」
正直な話、シエラは今すぐにでも飛び出して、エルキ共和国へ行きたかった。
しかし、リックに会う資格はないとも思っていた。あれほどひどい仕打ちをしたのだ。彼に合わせる顔などある筈が無い。
「して、どうする? シエラ」
サイゾウは試すような視線を彼女に送り、答えを待つ。
「……彼とは、会わない」
少しの沈黙、そしてシエラは震える声で自分の選択を口にした。
「もっとちゃんと……みんなに謝って、胸を張れるくらいになって。それから会いに行く。今は……会う資格がない」
悔しさと悲しみに満ちた言葉だった。
『よ、よかったぁー……』
その言葉を聞いて、その場にいるシエラ以外が大きくため息をついた。
「シエラ! そうだよ、もっともっと強くなって、リックに謝りに行こう!」
「正直、気が気じゃなかったよ、君がその選択をしなかったら、僕らは君を見限っていたからね」
「……だが、これから先も楽な道のりではないぞ」
各々が顔を綻ばせ、シエラに笑いかける。彼女はその面々を見て、力強くうなずいた。
「うん、これから……シエラ白金旅団は再出発だね!」
――シエラの独白
思えば、アタシは少し怖がり過ぎていたのかもしれない。
リックの職業がいつまでも開花しない事。
アタシ達の強さがどんどん強くなって、誰かからリックを外したほうが良いと言われる事。
その二つは、もう恐れる事は無いと知った。
だってリックは強くなった。
だって仲間はみんな、こんなにも優しい。
ここからだ、アタシ達はここからもう一度本当に強くなる。そしていつか、誰もが認める強さになって――
彼に、想いを伝えたい。
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