第二章
第14話 ブラッドフォードの亡霊
夜遅く。
依頼もこなし、入居に伴う諸々の処理を済ませた俺は、ゆったりとしたベッドでまどろんでいた。
リゼは四六時中騒ぎまくるので、見ていて飽きないが、疲れないかと言えば嘘になる。そういうわけで俺のベッドタイムは、誰にも邪魔されない至福の時間だった。
「リック様ああああぁぁぁぁああっ!! 大変です。出た! 出ましたあああああ!!!!」
「ぐふぉおあぁっ!?」
そろそろ本格的に眠ろうかと思った瞬間。ドアが勢いよく開くと、リゼが俺の腹めがけて突進してきた。
拾った当時のやせ細った姿からは、まったく想像できないほど彼女は肉付きよく、たくましく育っていた。
「リ、リゼ……いま何時だと……」
「夜中の一時半です! おお、ちょうど丑三つ時ですね!」
……こいつの元気は何処からくるんだ。
「そうだ! そんな事はどうでもいいんです! 出ました! 出たんですよ、私、見ちゃいました!」
「何の話だか全く分からん……何が出たんだ」
「おばけですっ!!」
……は?
「で……話を総合すると、リゼの部屋に青白く光るおじさんの幽霊が出た、ってことか?」
「はい、そういうことです」
興奮して要領を得ないリゼを落ち着かせて、話を詳しく聞くとどうもそういう事らしい。
話を聞くうちに俺も眼が冴えてきて、リゼも落ち着きを取り戻してきたようだ。
「あまりにもびっくりしたので、リック様の寝室に突貫してしまった訳ですね、ごめんなさい」
「いや、別にそれは構わないけど……鍵をかけ忘れた俺も悪いし」
「あ、鍵は私が開けました」
「えっ」
「元々この家は私の家なんですよ? マスターキーの置き場所が変わってなくて助かりました」
思考が止まる。
この家、マスターキーあったんだ……
「リゼ」
「はい?」
「正座」
「はい……」
とりあえず、今後マスターキーを使わないことと、部屋に入るときはノックをするようにきつく言って聞かせた。
「……で、幽霊の話だけども」
「はい、ぼーっと光ってて半透明で何か話しかけてきました!」
「リゼの親父さんじゃないのか?」
リゼの父親……デズモンド・ブラッドフォードは、この町では有名な豪商だったが、元部下の裏切りに遭い、非業の死を迎えていた。
彼なら未練も恨みつらみもあるだろう。しかもここはブラッドフォードの生家だ。この家を安く買えた理由はそれだし、町の人からそんなうわさはよく聞いていた。
「いや、そんなはずはないです。私のお父様はあんなに半透明で発光してませんでした」
それは幽霊になったからでは?
「とにかく、怖くて怖くてしょうがないので、今日はここで寝させてください! 何でもしますから!」
「はぁ……わかった。なんもしなくていいからここで寝ろ」
「ありがとうございます!」
しかし、ブラッドフォード氏もかわいそうだな、幽霊になってまで娘に会いに来たのに、当の娘が奴隷に身をやつしていて、挙句の果てにビビッて逃げられるとは……
「……あ」
ちょ、ちょっと待て、もしかして、娘を奴隷として所有して、あげく家にまで住み着いてる俺って相当恨み買ってるんじゃないか?
「すかー……」
リゼは俺のベッドにもぐりこんで既に寝息を立てている。いや、これ……どうしよう。
『もし……』
「……!!」
声を上げなかったのは、単純にびっくりし過ぎて叫ぶ余裕すらなかったからだ。
『君は……エリゼの主人かね?』
「は、はい」
半透明で、淡く光る身体をした壮年の男性だった。
服装はしっかりとしていて、階級の高さをうかがわせる。表情は柔和な笑みを湛えていて、端々にリゼとの共通点を見出せる。
『私はデズモンド・ブラッドフォード……エリゼの父親にして、ブラッドフォード商会の創始者、君の名前は、リック……そうだろう?』
なぜ、俺の名前を知っているんだ。そう思った時にはブラッドフォード氏が説明してくれた。
『ふふ、姿は見えずとも、私は常に君たちを見ている。エリゼはいつも君の事になると楽しそうにしているからな。どんな男か興味が出たので会いに来たというわけだ』
「す、すいません。俺……リゼ、いやエリゼを奴隷にしてしまって、そのうえ家まで……」
俺は姿勢を正して頭を下げる。娘を奴隷にした男など、父親からすれば殺しても物足りないくらいだろう。
『いや、いい……奴隷商人に売られたときはどうなる事かと思ったが、良い主人に巡り合い、そのうえキースに一矢報いて、家まで取り戻したのだ。私はむしろ感謝している』
「し、しかし……」
『強情だな、一度そうと思ったものを曲げないのは、幸せを逃がすことにつながるぞ』
ブラッドフォード氏の声は柔らかで、とても怒っているようには聞こえなかった。それでも俺は、彼には申し訳ないと思わずにはいられなかった。
『……まあよい、私はいつでもエリゼと君の旅路を見守っているぞ』
その言葉を最後に、彼の気配はなくなった。
結局、その後も彼の言葉がぐるぐると回り、俺が寝付けたのは明け方になってからだった。
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