第13話 もう二度と、こんな彼女を見ない為に

 暖炉の炎が揺れる。


 俺は今、アベル達が借り上げているセーフハウスに居た。

 何とか急場を脱し、リゼと合流できている。


 アベル達とは再会を喜び合いたかったが、シエラの事もあり、我慢することにする。


 彼女は消耗も酷く、凍傷もかなり進行していたので今は安静にさせている。


「ふぅ……」


 回復魔法も掛け終わり、後は目を覚ますのを待つだけ……そう思うとどっと疲れが襲ってきた。


 シエラの顔を覗き込んで、安らかに寝息を立てているのを確認する。起きている時の傍若無人さからは想像できない。整った顔立ちと長い睫毛に思わず顔がほころぶ。


「リック……」

「っ……どうした?」


 起きたのか、そう身構えかけたが、どうやらただの寝言らしい。


「ごめんなさい……」


 それだけ言って、シエラはまた深い眠りへと落ちていく。俺はその言葉に返事をすることなく、身を引いた。


「……」


 さて、どうしようか。


 俺は考える。元居たパーティの全員から嫌われていない。だったら元の鞘に戻ってもいいんじゃないか。少なくとも俺の中の一部はそう言っている。


 しかし、それは一時的な解決で、きっとまたシエラは俺か、俺以外の誰かをパーティから追い出すだろう。だから、この選択肢は取るわけにいかない。


 次に浮かぶのは、このままひっそりと俺だけが居なくなる事だ。一見して問題ないが、またシエラが無理な依頼を受注したりして、アベル達が危険な目に遭うかもしれない。この選択肢も、取るわけにはいかない。


 少なくとも、俺がこのパーティに残らず、シエラが無茶をしない方法を考えなくては……


 俺は思案を巡らせ、暖かい部屋の空気に一瞬意識を持っていかれそうになりながら、一つの結論を出す。


「うん、まあ……これしかないか」


 そうと決まれば話は早い。俺は部屋を静かに出て、アベル達の居る談話室へ向かった。



――



「リック! シエラは?」

「何とか無事。明日の朝には目を覚ますだろ」


「済まないな……特に君は彼女に思う所があるだろう。それなのに……」

「いいさ、アベルもまだ魔力が回復しきってないだろ?」


 談話室に戻ると、真っ先に駆け寄ってきたのはアベルだった。彼は俺が居ない間、パーティ内の調整役として苦労してきたらしい。まあ確かに、話を聞く限りシエラの暴走ぶりは酷いものがあったから、推して測るべし……って奴か。


「でも本当にびっくり、サイゾウがきっと生きてるって言ってたけど……セリカ、心のどこかでは信じ切れてなかったもん」

「ああ、某も信じがたい事だとは思っていた。経緯を話してくれるか?」

「もちろんだ、俺もそれは話しておくべきだと思ってた」


 俺は自分のステータスを開示しながらそれまでの経緯を話し始めた。ちなみに今のステータスはこれくらいだ。


 魔法マスタリーLv1

 属性マスタリーLv9

 連鎖威力向上Lv5

 相乗効果上昇Lv4

 連鎖記録Lv2

 魔法連結Lv1


 魔法連結は現在Lv+1の連鎖回数を、ほぼ同時に発動できるスキルだ。これによって回復>岩鎚などの緊急防御も迅速な発動を可能としている。


 ……経緯の話に戻ると、偶然にも連鎖術師の能力が開花したこと。その力で大業魔を倒し、エルキ共和国までたどり着けたこと。そこで出会った魔道具使いのエルフにシエラ達の危機を教えてもらい、ここまで来たことを順番に話す。


「そんなことが……」

「ああ……ところでアベル、連鎖術師の職業はエルフしか知らないって聞いたんだけど、お前のお師匠さんは何か言ってたか?」

「いや、全く……僕が人間だから、そこら辺は教えてくれなかったのかもしれないな」


 俺が直接出向けばまた違った話を聞けるかもしれないが、とりあえずは収穫無し、か。


「ところでリック! これからはセリカ達と一緒なんだよね?」


 セリカが話に割り込んでくる。そうだ、俺はその話をしたかったんだ。


「ああ、そうだな、そうすればシエラもまた――」

「いや、俺はこのパーティには戻らない」


 嬉しそうなセリカの顔が凍り付き、アベルは想定していたのか、ごくりと言葉を飲み込んだ。


「賢明だな、シエラの禊もなしで、お前が戻ると言い出したら某が止めるつもりだった」


 静かにサイゾウは口を開く、彼なら俺の考えに賛同してくれるだろう。そう思っていた。


「そう、あやふやにして俺が元鞘に戻るのは、このパーティにとって良くない。シエラはきっとまた繰り返す」

「で、でも、じゃあどうやって……」


 セリカが不安そうな声で問いかける。俺は、仲間にも見せたことがない、一つの小汚い小さな袋を取り出した。


「……シエラが目覚めたら、これを渡して『会う資格があると思ったら、エルキ共和国まで来てくれ』と伝えて欲しい……もし、すぐに会いに行ったり、この袋を捨てたら――」


 一呼吸置き、俺はその言葉を言うか、未だに躊躇している。彼女にとって再起する最後のチャンスと宣言するようなものだからだ。


「シエラを、見限ってくれ」



――



「あっ! リック様! 見て見て! シエラ白金旅団の三人からサイン貰っちゃいました! シエラさんのも欲しかったんですけど、まだ眠ってるんで無理でした!」


 リゼの元気な声が明け方の道に響く。


 これから通る門は、俺がパーティを追放されたときに通った門だ。


「……」

「リック様?」

「いや、何でもない、よかったな、リゼ」


 俺は、リゼの頭を撫でる。彼女は嬉しそうに笑みを零す。


「えへへー……リック様、この町に来てからずっと顔が強張ってましたけど、今はなんだかすっきりしてますね」

「そうかな?」


 リゼの言葉に、俺は笑って答える。どうやら顔に出ていたらしい。


「……そうだな」


 俺は空を見上げて呟いた。道の向こうには俺の居るべき場所、エルキ共和国との国境都市がある。俺は自信を持って足を踏み出した。

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