閑話:彼女は何を思ったか

 足が重い。


 もう既に寒いと感じることすらなくなってきた。


 視界は既に滲み、ほとんど真っ白な世界しか映らない。


 彼が居なくなってからの日々のようだ。アタシはぼんやりとそう考えた。


 思えば、アタシの初めての冒険は、彼と一緒に近所の茂みを歩き回ったことかもしれない。


 あの時彼は半袖半ズボン、アタシはノースリーブでひざ丈のスカート。木の枝や鋭い葉っぱで腕や足を傷だらけにして帰ってきて、リックはアタシのお父さんにこっぴどく叱られていた。

 それでも懲りずに、次の日には近くの山で秘密基地を作ったり、真夜中の教会に忍び込んだり……あの日に感じた胸の高鳴りは、今でもアタシの胸に息づいている。


 旅立ち、パーティを結成する時だって、アタシは真っ先に彼に声を掛けた。


 攻守に優れた大賢者よりも、徒手空拳で敵を倒し、岩をも砕く拳闘王でも、目にもとまらぬ速さで動き、情報収集から破壊工作までこなす闇狼でもなく、アタシは自分を冒険へ連れ出してくれた、勇敢でどこまでも優しい彼を選んだ。


 ……だからこそ、アタシたちが強くなるほどに、彼――リックの弱さが許せなかった。


 戦いで逃げ回る姿も、卑屈に笑う姿も、アタシたちが別の人種であるかのような余所余所しさも、全てが許せなかった。


 パーティを追い出したのも、まさか本当に出ていくなんて思わなかった。あそこまで条件を悪くすれば、奮起してまた昔みたいな彼に戻ってくれる。そう思っていた。


 そしてその結果、アタシたちは彼を永遠に失った。


 リックは……アタシが思うような根性なしになった訳でも、まして弱かったわけでもなかった。

 自分の命を賭して、大業魔から町を守った英雄。それは彼だ。町の人はアタシたちが助けてくれたと思っているけど、アベルもサイゾウもセリカも、アタシだって自分たちがそんなことをしたとは思っていない。


 彼を失ってから、アタシは道しるべを失った。


 霊峰イオダンへ挑んだのも、彼を失う前に立てていた計画にすがるためだった。


 アタシは時折考える。


 あの日の夜、何といえば彼は居なくならなかっただろう?

 アタシ達が彼より強くなった時、何といえば彼はよそよそしくならなかっただろう。

 アタシが冒険者になると決めた時、何といえば彼は――


 そこまで考えて、アタシは足をもつれさせて転ぶ。


 ……結局、アタシはパーティメンバーを全滅させた無能だったな。


 起き上がる気力も既に無い。楽しい記憶がいくつも浮かんでは消えていく。走馬灯というものだろうか。


 アタシは死んだら天国へ行けるだろうか? もし生まれ変わっても、また皆と……リックと冒険したい。


 でも、きっと無理だね……アタシのせいでみんな死ぬ、せめて少しでも長生きできるように、食料を残して出てきたけど、そんなのじゃ全然だめだよね。きっと罪滅ぼしにならない、ただの自己満足でしかないんだ。


 遠くなる意識の向こうで、雪狼(ホワイトウルフ)の気配を感じる。獲物が死ぬのを今かと待ち構えている。


 ……もう、いいよ。


 疲れた……ごめんね、アベル、サイゾウ、セリカ……アタシはちょっと先に行くことにする。


 あと……リック、最後に、伝えたかった。



 ……ごめん。



「どけえええぇっ!!! 火球! 風切っ!! 火球っ!!!」


 神さまの慈悲か、皮肉か……意識を失う直前、懐かしい声が聞こえた気がした。

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