閑話:彼女たちはその後、どうしていたか
「ちょっと、昼間の動きは何なのよ!?」
シエラの怒声が部屋内に響く。ギルドから貸与されたセーフハウス、そこで彼女たちは昼の依頼を振り返っていた。
「……」
怒声を浴びせられているのはセリカで、彼女は俯いたまま何も言わない。サイゾウとアベルはフォローに入ろうとするが、シエラの怒りを加速させるだけだった。
「分かってるの? セリカのせいで戦線が崩壊しかけた事!」
「シエラ、そのくらいで……セリカも分かってるだろう」
「何よ! また私が悪者なの!?」
リックが居なくなってから、彼女たちのパーティは何かと衝突するようになっていた。幾分か理性的な話の出来るアベルとサイゾウが間を取り持っているが、シエラとセリカの間には埋めがたい溝ができてしまっていた。
「……もういいよ」
「セリカ?」
「もういい! シエラはセリカの事嫌いなんでしょ!? リックみたいに追い出せばいいじゃん!!」
ついに堪えてきた感情が爆発したのか、セリカは目に涙を浮かべて怒鳴り、部屋を出ていく。
「待て、セリカッ! ……っクソ! サイゾウ、頼む!」
「承知……!」
セリカの足にはアベルでは追いつけないし、彼にとって別の懸念があった。
二人が走ってセーフハウスを出ていくのを見送ってから、アベルはため息をついてシエラに向き直る。
「話を聞きましょうか……シエラ、さすがに今回は貴女が悪い」
アベルが目を向けると、シエラは憮然とした様子で彼を睨んでいた。
「リックが、彼自身の選択でああなったとしても、遠因は貴女にある。それに責任を感じるのは悪いとは言いませんが――」
「何よアベルまで! 全部アタシが悪いって言うの!?」
「いえ、そういうわけでは……」
シエラはここ最近、完全に手を付けられない状態だった。事あるごとに怒り、当たり散らし、一人になった時に人知れず泣く。何とかして彼女の手綱を握ってきたアベルだったが、ここ最近の心労は魔法の精度にも影響をきたしていた。
「……フンッ」
アベルの説得空しく、シエラは自室へと帰っていく。残された彼はため息をつき、雪空を窓越しに見上げた。
「リック……僕たちは思ったよりずっと、貴方に依存していたようですね」
――
「セリカ」
サイゾウは彼女に追いつき、声を掛ける。街を一望できる丘には、他に誰もいなかった。
「サイゾウ……ごめんなさい」
飛び出した時とは打って変わって、セリカはいつもより一回り小さくなったように見えた。
「セリカが悪いのに……怒っちゃった」
「……それだけ分かれば、十分だ」
彼女の述懐に、サイゾウは短く答えて手を差し伸べる。
「うん……」
セリカは腕を掴んで立ち上がる。その表情は泣き腫らしていたが、無理矢理にでも笑顔を作っていた。
「リックが居なくて辛いのは、みんな同じだよね」
「ああ」
「死んでるとは限らないってホント?」
「ああ」
「じゃあ、セリカが良い子にしてたら帰ってくるかな?」
「……ああ」
サイゾウは、リックの死体が無く、彼の遺留品も残っていないことから、彼は死んでいないと思っていた。しかし、彼があの大業魔を倒し、イクス王国領を抜けられるとも思っていなかった。
「リック……貴様は何処に居る」
サイゾウの声は、夜の闇に消えていった。
――
「サイゾウ、動けるか?」
アベルは霊峰イオダンの斜面に出来ていた洞穴で、仲間のサイゾウを介抱していた。
「問題ない……」
「っ、大回復を使う、少しじっとしていろ」
アベルの顔色は既に蒼白で、魔力切れが近い事を示していた。しかし、サイゾウの怪我も失血が酷く、回復魔法なしではそう長くは持ちこたえられないように見える。
「アベル……食料が」
大回復を使い、もうろうとしかける意識の中、アベルはセリカが持つ鞄に残された三つのパンを見た。
「そうか、二つを二等分ずつして食べよう。次は一つを四等分、次は半分を――」
言いかけて、アベルはふらついて倒れそうになる。何とか踏みとどまったが、全員の体力が限界に近いことは火を見るよりも明らかだった。
「大丈夫? ちょっと休んだほうが良いよ」
「ああ、そうだなセリカ、少し眠らせてもらう……」
アベルは地面に腰掛け、座った姿勢で目を閉じる。すぐに寝息が聞こえてきて、気絶するように眠ってしまったことを表していた。
「……」
その様子を少し離れたところで、シエラは見ていた。
そもそもこの霊峰イオダン攻略は、彼女が言い出したことであり、個人的な感情により、リック不在でも出来るという事を証明するための物だった。
しかし今、食料も下山する体力も失われ、死を待つだけとなった状況に、彼女は怒りにも似た感情を持っていた。
――自分がここに挑もうと言い出さなければ。
――自分が仲間の忠告を聞いていれば。
――自分が……
考え続けていたことを振り払い、彼女はひっそりと、仲間に気付かれることなく洞穴を抜け出した。
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