第10話 森の魔女は何を思うか

 とにもかくにも、俺は依頼を達成した。帰り道をヤガーに案内してもらいつつ、俺は次に何をしようか思案していた。


 これで拠点は出来たし、パーティを結成してみてもいいかもしれない。さすがにシエラ達みたいに世界に名を轟かせる云々、みたいなレベルは無理でも、この町で評判の……くらいを目標に考えると、結構悪くない目標だ。


「じゃあ……私はここまで」


 森の出口に到着して、ヤガーは特に名残惜しそうにするでもなく、淡々と言った。


「次からは、魔物が来たら貴方を頼る。連鎖術師は危険だけど……リックなら大丈夫」

「ああ、見送りありがとう」

「ええー……やっぱりヤガーさんついてこないんですか? 寂しいです……あとサインください」

「嫌」


 取り付く島もないとばかりに彼女はそっぽを向き、森の中へ帰っていこうとする。


「あ、そうだ。魔物が出た時、連絡はどうすればいい? ギルド窓口でもいいけど、ヤガーは外に出たくないだろ?」

「……じゃあ」


 彼女は奇妙な魔方陣を地面に描き、それを発動させる。まばゆい光が発せられ、その後には奇妙な、無色透明のスライムっぽい生き物が鎮座していた。


「周囲の環境を観測して、私に教えてくれる魔法生物……知りたいことがあったらコレに話しかけて、連絡はこれを通せばすぐに出来るから……」


 スライムはぽよぽよと跳ねて、シュルシュルと縮むとリゼの頭に載る。大きさ自体は結構自由に変化するらしい。


「わっ、リック様! これぷよぷよしてて気持ちいいです! ほら、ぷよぷよ!」


 だ、大丈夫か……?


 いや、襲ってきたりしないよな、という意味で。


 ぷにぷにとリゼはスライムをつついて遊んでいる。その様子を見てヤガーは呆れたようにため息をついた。


「襲ったりはしないから、安心して……観測用スライムは、世界各地に撒いてるけど、管理を離れた事は無い……」

「へえ、世界中に?」


 スライムで遊ぶリゼは放っておいて、俺はヤガーと会話する。世界各地に居るってことはイクス王国にもいるんだろうか?


「ん、例えば……貴方の居たシエラ白金旅団が今どうなってるかも、分かる」

「っ! ……どうなってるんだ?」


 彼女たちの名前をヤガーの方から出されて、俺は思わず身を乗り出した。


「……壊滅寸前、みんな生きてはいるけど、霊峰イオダンで、魔物討伐中に遭難……」 

「なんだって!?」


 霊峰イオダン……俺がパーティから抜ける直前に向かおうとしていた場所だ。危険な魔物も多く、救助など絶望的だろう。


「すぐに向かわないと……! リゼ! ギルドへの報告と報酬を家へ運ぶのを――」

「待って……どうするつもり?」

「決まってるだろ!? あんな別れ方でも、仲間だったんだ! 元だろうと仲間を見捨てていいわけがない!」


「だから……どうするつもり? ここからは、徒歩で一週間はかかる」

「っ……!!」


 勢いで飛び出そうとしたが、ヤガーの言うとおりだった。じゃあ、俺には何もできないのか?


「……ふぅ、じゃあ、これで、貸し借り……無し」

「えっ?」


 仕方ない、とでもいうようにヤガーはため息をついた。


「移動用の魔道具と……救助用の奴、作る……リックは、準備してて」

「ヤガー!」


 俺は思わず彼女の手を取り、しっかりと握ってしまう。


「……」

「ありがとう! すぐに準備を済ませて戻ってくる! リゼ! 行くぞ!」

「ほーら、ぷよぷよー……あっ! はい! リック様!」


 リゼに声を掛け、俺は全力で町への道を駆けだした。



――ヤガーの独白



 ……まだ、手には彼の温かい感触が残っている。


 すでに絶滅して久しい連鎖術師、その生き残りが居ることは、本来ならエルフの里へ伝えなければならないことだ。


 でも、私は思う。突然ふらっとやってきて、この森の異変を解決し、自分を追い出したかつての仲間にすら救いの手を差し伸べる。そんな彼を、私たちの勝手な思想でどうにかしようなんて、おこがましいのではないか。


 観測スライムの過去ログを見ても、彼は随分ひどい言われようでシエラ白金旅団を追放されている。


 なんで彼はそこまでして彼女たちを助けるのだろう?


 気になる。人間……いや、生き物に興味を持ったのは、これが初めてかもしれない。


 私は……彼を暫く観測することにした。


 いや、決して彼に好意を持っているとか、そんなわけではない。単純に変な奴だから興味を持っただけだ。


 だから別に、彼の顔を思い出すだけで鼓動が跳ねるのも、触れ合った手が未だに熱っぽく燃えているように感じるのも、知的好奇心からくるものだ。


 別にあの、リゼという少女が羨ましくもないし、なるべく彼を近くで見たいから観測用スライムを一個増やしたわけでもない。ただ単にそっちの方が効率的だからだ。


 私は一度、頭を振ってグチャグチャになった思考を振り落とす。さっさと移動用の魔道具を作ってしまおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る