第8話 三頭狼との戦い1

「……ん」

「おっ、目が覚めたか」


 俺は魔女装束の子が目覚めたのに気付いて、ホッと胸をなでおろした。


 なんせ体力を消耗しているのかと思いきや、魔力切れで倒れてたんだ。明らかに普通じゃない。


「!! ニンゲン……!?」


 女の子は俺を見て身構えると、横になった姿勢から飛び起きて距離を取る。しかし、魔力切れを起こした直後だ、戦闘態勢を取ろうとしたところで、ふらついて座り込んでしまった。


「おい、危ないぞ」

「そうですよ、近くに土巨人がたくさんいたんですから、もういないとも限りませんし」


 大連鎖魔法……暴風雨の衝撃から立ち直ったリゼは、座り込んでしまった彼女を支えようと駆け寄る。


「寄らないで……この森から出ていって……!」


「そんなこと言ったって、魔女っ娘さんも人間でしょ? なんで……」

「いやリゼ、待て」


 土巨人の群れ、全滅させた後に倒れていた少女……もしかして――


「君……魔道具使い(ウィッチクラフター)?」


 魔道具使いとは、魔力に属性を纏わせて戦う大賢者や魔導士と違い、魔力を物に込めることで戦う特殊な職業だ。しかも俺たちの事を人間というなら……


「しかもエルフか……俺も見るのは初めてだな」

「え、リック様、エルフってあのおとぎ話のエルフですか?」

「うん、リゼは冒険者でもないし知らないか、彼らは実在するんだ」


 エルフは自分たちのコミュニティに引きこもり、ほとんどが伝承上の存在となっている。しかし、時折こうして自然に溶け込んで暮らす個体も存在する。


 確かアベルはエルフの師匠に師事してたんだっけ。懐かしいなぁ。


 しかし魔道具使いのエルフか! ということはかなり貴重な存在だ。そんな彼女がここで何をしているんだろう?


「出て行けって言うが、君……えーと」


「……ヤガー」


「ヤガーがここに来たのって最近だろ? 君が脅かすから余計人が来るんだぞ?」

「そんな事……無い、ヤガーは何十年も前から……暮らしてた。ただ、ヤガーが追い出すようになったのが、最近……なだけ」


 最近になって追い出し始めた? なんでだろう。

 不思議に思っていると、ヤガーは言葉を続ける。


「危険な魔物……住み着いた。三頭狼(ケルベロス)」


 三頭狼……地獄の番犬って言われるくらい凶暴で危険な魔物だ。火属性のブレスと三つの頭が別々に、完璧なコンビネーションで噛みついてくる様は、そもそも倒せる奴いるのかっていうレベルの凄まじさだ。


「ヤガーは、魔道具で三頭狼を閉じ込めてる。ニンゲン……来ると邪魔……」


 なるほど、話が見えてきたぞ。


 この子……ヤガーはずっとここで静かに暮らしていて、街の人間に手出しをすることも無かった。

 でもここに危険な魔物が暮らし始めて、それから遠ざけるために土巨人で威嚇していた。みたいな感じか。


 そういえば、確かに人的被害が出たなんて話、全然聞いて無かったもんな。


「よし、じゃあ俺が何とかしよう! ヤガー、案内してくれ」

「……? 馬鹿? ヤガーでも抑え込むので精一杯……ニンゲンじゃ、無理」


「チッチッチ……ヤガーさん、リック様を侮っちゃだめですよ、私のご主人様はそれはもう強いんです! ……あ、あとサイン貰って良いですか? 私『エルフと亡国の王子』のファンなんです」

「リゼはちょっと黙ろうな……」


 ヤガーがきょとんとした顔で困惑している。そりゃあ「人間界で出回っている童話のファンです」なんて言われても、当事者からすれば訳が分からないだろう。


「と、とりあえずさ、俺に任せてよ、あのでっかい土巨人でも倒せるんだ。やらせてみる価値はあるだろ?」


「ぅー……」


 俺の提案にヤガーは「心底嫌だ」みたいな反応をしていたが、言っている事には納得してくれたようで、踵を返して「ついてこい」のジェスチャーをしてくれた。



――



「グルルルル」


「リ、リック様、こいつと……本気で戦うんですか?」

「ああ、少なくとも、倒さないと依頼は達成にならないだろ」


 木の上まで届きそうな三つの頭。

 ショートソードくらいある前足の爪。

 俺とリゼが入ってゆったりできそうなくらい大きな口と鋭い牙。


 ……三頭狼って、こんなに大きいんだ。ちょっと前言撤回して逃げたくなってきた。


「ガァッ!! ガルルッ!!」


 その巨体は、無数の土巨人によって押さえつけられている。

 こいつらが自立稼働していて助かった……もし魔力切れで命令が停止していたら大変なことになっていた。


「っ……」

「ヤガー?」


 俺の隣に立つ彼女が、唐突に狼狽える。


「まずい……魔力切れの時、要石が……壊れてた」

「か、要石!? なんか大事そうな名前だけど壊れるとどうなるんだ!?」


 俺がそう叫んだのと、土巨人たちが体を崩壊させるのは同時だった。


「ワフォオオオォォーーーンっ!!!」


 拘束を解かれた三頭狼は身体を大きく震わせ、天へ向けて轟音のような遠吠えをする。レベルの低い一般人だったらそのまま気絶してもおかしくない。


「……」


 ちらっとリゼを見ると、案の定気絶している。まあ刃物を料理以外に使ったことなさそうだし、仕方ないか。


「……こうなる」


 ヤガーの返答がようやく帰ってきて、俺は苦笑いをした。


「よし、ヤガー。君はリゼを連れて安全なところにいてくれ」

「ニンゲンは?」


「俺は……」


 食い止める? 追い払う? ……いや、違うな、たしかセリカが言っていた。こういう時は自分を鼓舞するために、精一杯虚勢を張れと!


「こいつを、ぶっ殺しておくからさ!」

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