第6話 リゼの誤算
私の目論見は、おおむね上手くいっている。
リック様の奴隷として登録してもらったし、ついでにお父様の仇まで討てたので万々歳という所だろう。
「はぁ……」
首輪をさすって、私はため息をつく。順風満帆な私の計画だが、一つ大きな誤算があった。
リック様を私に惚れさせるのではなく、私がリック様に惚れてしまったのだ。
継ぎ目無く首に嵌った奴隷の証、それと対になる逃亡防止の指輪は、リック様の右薬指に嵌っている。
左の薬指に嵌めて結婚首輪……みたいなのは想像しなかったわけじゃない、むしろやって欲しいと言うかどうか迷ったくらいだ。いや、さすがにそこは礼節をわきまえていますとも。
「さて、出来栄えはどうかなー」
そういうわけで私は今、朝食のスープを煮込んでいるのだ。宿屋のキッチンが借りられて本当によかった。リック様に私の手料理をたくさん食べてもらって、胃袋をがっちりと捕まえるのが花嫁……いやいや、花奴隷の一歩だ。
……うん、バッチリ!
「リック様ー! 朝ですよー! 朝ごはんですよー!」
「……今日も元気いいね、リゼ」
部屋の前まで走って、ドアをノックして声を掛けると、眠そうなリック様が顔を出した。うーん、今日もモブ顔!
「ささっ、今日も私、頑張って作りましたから! おいしく食べちゃってください!」
「いただきまーす……」
リック様は寝ぼけた眼でパンとスープを食べていく。その姿は、とても仲間に追い出された経験があるようには見えなかった。
しかも、シエラ白金旅団という超凄腕パーティだ。普通そんな高みから追い出されたら、身を持ち崩してもおかしくない。それでもリック様は自棄になる事もなく、しっかりと自分を持っている。これはすごい事だと思う。
私は……お父様が死んで、しばらくは駄目になってた。だから家も取られちゃったし、私自身も奴隷として売り飛ばされた。
「……? どうした、リゼ?」
「いいえ、リック様の顔に見とれてました!」
「……相変わらず変な奴だよな、お前」
リック様は呆れたように私をみて、ため息をつく。
それにしても、リック様の能力はものすごく高い。
料理は出来ないわけではないし、野営の準備もほとんど一人でこなしてしまう。戦いの機転もかなり利くし、気遣いも出来る……なんで追い出されたんだろう?
不思議に思って、昨日聞いてみたけれども「俺は皆についていけなかったからさ」としか答えてくれなかった。
「それにしてもリック様が抜けて、シエラ白金旅団の人も困ってるんじゃないですか?」
「困る? なんで?」
だんだんと覚醒しはじめた表情で、リック様は聞き返す。
「だって、料理も洗濯も、戦闘中のアイテム係もいなくなるって、結構な痛手じゃないです? 戦いについて行けないとはいえ、雑用係まで追い出したらパーティはやっていけませんよ?」
すくなくとも、私が見てきた一定水準以上のパーティは、みんな雑用係を蔑ろにするなんて事はしていなかった。
「馬鹿言え、リゼはシエラ達のすごさを知らないからそんなことが言えるんだ」
「と、言いますと?」
「シエラとセリカは、精神的に未熟だけど戦いの腕は並ぶものが居ないし、サイゾウは勘違いされやすい不愛想だけど、あらゆる諜報と撹乱を一手に引き受けている。アベルはちょっと理屈っぽ過ぎるけど、回復も攻撃も一人でこなせる最強の大賢者なんだ。俺が居ないところで何にも変わらないというか、むしろプラスに働いてるんじゃないか?」
うーん、聞いているとみんな性格に難がありそうな感じがするけど、リック様がそういうんだからそうなんだろう。
私は朝食のパンを思いっきりかじった。
――
「ふぁ……ああ」
俺は大あくびをしながらギルドの門をくぐる。
うーん、まだ眠い。
昨日は何とかして夜這いを掛けようとするリゼと、なんとか平穏な眠りを享受したい俺で、しのぎを削る争いがあった。
「リック様―! 今日はどんな依頼を受けるんですか?」
……なんでこいつ、こんなに元気なんだ。
「ここを拠点に生計を立てるのも悪くないと思ってな、今日はギルドで物件の下見だ」
と、言うのは建前で、俺はリゼの為にとあるものを買い戻そうと考えていた。
「おお! おうちですか、良いですね! どんな……」
「おじさん、また来ました。あの金貨百枚で売られている家、俺が買います」
「ん、ああ、昨日の兄ちゃんか、いいぜ、契約書にうおあああっ!!??」
昨日、リゼを放っておいて探した物件を出してほしいと頼むと、おじさんは突然素っ頓狂な声を上げた。
「エリゼちゃん! 無事だったんだね!? いやあよかったよかった。お父さんは災難だったね……」
「あ、ギルドのおじさんお久しぶりです。無事でしたよー、リック様に奴隷契約してもらっちゃいました!」
満面の笑みでリゼは自分の首輪を見せつける。あ、ちょっと待て、それは――
「……なんだと?」
不味いと思った時にはもう遅い。さっきまでリゼと同じように満面の笑みだったおじさんは、血走った眼を俺に向けてきた。
「てめぇ一体何のつもりだ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺はリゼと同意の上で奴隷契約を結んでいます。この家を買いなおそうって言うのも、彼女の為で……」
「リック様っ!!」
ドスッと重い衝撃が腰に当たる。奴隷商人の馬車から助けて、それからずっとまともな食事をするようになったからか、リゼの抱き付きは段々とパワフルになってきている。
「そこまで考えてくれていたなんて! 私、感動で惚れ直しちゃいそうです! あ、チューします?」
「し、しないしない……まあ、そういうわけなんです。どうでしょう?」
『むう……』
この「むう……」は不満げなリゼと、納得していないおじさん両方から発せられた声だ。
「わかった。ならタダにしてやる。もとはと言えばエリゼちゃんの物だしな」
「あ、ありがとうござい――」
「ただし! この依頼をクリアできたらだ!」
おじさんは掲示板から紙を一枚引っぺがし、俺に突き付ける。それは依頼書で、詳細にはこう書かれていた。
――西の森で暴れる魔物の討伐 危険度:金
金等級の依頼か……
パーティに木から白金までの等級があるように、依頼にも同一の等級がある。一般的に木は木、銀は銀等級のパーティが挑むように調整されている。
つまり、金等級のパーティ並みの働きができれば、家がタダで手に入るし、報酬もがっぽりというわけだ。しかし、俺にできるだろうか?
「なーんだ、金等級依頼ですか、リック様なら楽勝ですよ!」
……なんでリゼが自信満々なんだ? 俺は浮かんだ疑問を飲み込んだ。なんか、それを聞くと余計ややこしくなりそうだ。
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