第5話 奴隷の首輪
リゼに襲い掛かろうとしていた男は、倉庫街にある彼らのアジトへ足を踏み入れる。
内部は木箱や樽で作られた椅子と机が並び、すえたにおいが充満している。
倉庫を改装したらしく、天井はかなり高いが冬は寒く、夏は暑い、居住性は全くよさそうに見えなかった。
「おう、おかえり……どうしたよ、そんなイラついて、博打で負けたか?」
「チッ、そんなんじゃねえよ、それよかこないだの奴隷商人、仕事しくってんぞ」
「ああ、それは聞いている。イクス王国の雪道で滑落事故を起こして、積み荷が全部パァだってな」
ギラギラとした装飾を身に着けた禿げ頭の男が、楽しそうに語る。
「ブラッドフォードの糞野郎は首括って、一人娘は転落死、生き残ったとしても凍死……酒のツマミとしちゃあ、かなり上等だぜぇ」
「いや、どうも偶然、運がいい事に冒険者が通りかかったらしい。今日町で見かけた」
禿げ頭の動きが止まる。
「奴隷として身分は隠しているが、あの目は間違いようがねえからな……連れてこようとしたが、拾った冒険者に邪魔されちまった」
「……そいつぁ、どんな奴だ?」
男は努めて冷静に話そうとしていたが、その瞳は怒りを宿していた。
「あー、これと言って特徴のない奴だったからな……ただ、エリゼからは『リック』って呼ばれてたな」
「リック……イクス王国領に居て、リックって名前の冒険者か」
禿げ頭の男は思案を巡らせ、隣に立っている短髪の男に目配せをする。
「シエラ白金旅団……Sランクのパーティ。確かそこにリックという名前の冒険者がいる筈です」
「白金」の言葉にその場にいる全員が動揺する。木、銅、銀、金、白金……パーティの等級を表す言葉で、白金は最上級、人類にとってなくてはならない存在という意味の称号だ。
「キース! 逃げたほうが良くないか!?」
「あ? 馬鹿野郎、商人は舐められたらお終いなんだよ、それに見かけたのはそのリックって奴一人だけなんだろ? じゃあまだやりようはあるじゃねえか、隙を見てどっかうちの手の奴らで……」
「風切っ!」
物陰に隠れ、聞き耳を立てていた俺は、一番高く積まれた木箱の上に立ち、高らかに魔法を唱えた。
魔法によって作られた風の刃は、辺りの荷物を壊し、その中身を周りにぶちまける。
「誰だっ! お、お前……!!」
リゼに切りかかっていた男が声を上げる。
「シエ……リックだ!」
シエラ白金旅団の名前を出しそうになって、慌てて言い直す。もう追放されたんだから、俺はそれを名乗る権利はもうないんだ。
「クソッ、もうここを嗅ぎつけて……」
「水弾、水弾、水弾! ……お前たちの悪事はエリゼ嬢から聞いている! 大人しく捕まれば痛い目を見なくて済むぞ!」
俺はぶちまけられた荷物に掛かるよう水属性魔法を撃ち込み、高らかに宣言する。辺りは水浸しになり、男たちの足元も水に浸かった。
「はっ! 何やってんだよ、中身が濡らされたところで何だってんだ! 野郎ども、出てこい!」
「えっ!? 嘘だろ!? お前も中身知ってるだろ!?」
強がりなのか本当に知らないのか、男はご丁寧にも召集をして倉庫に居る全員をこの場に集めた。
「塩昆布だぞ! 塩昆布が入ってるんだぞ!? 正気かお前ら!!?」
そうだ、塩昆布が入っている。
水に濡れると塩気が抜けて良い感じの味になる塩昆布がそこら辺に散らばっているのだ。正気とは思えない。
「何訳分かんねえことを言って――」
「雷撃」
「あばばばばっ!!!!!」
ため息交じりに魔法を唱える。指先から雷属性の魔法がほとばしり、塩昆布の浸かった床を撃つ、雷撃はその瞬間幾重にも分かれ、男たち全員を感電させた。
「だから言ったのに……」
塩水はふつうの水と比べて、物凄く電気をよく通すのだ。初等教育で学ぶようなことを、どうやらこの男たちは知らなかったらしい。
電熱により発生した湯気の中、俺は禿げ頭の男に近づいて、話しかける。
「ダリル・キースだな、お前を魔薬取引法違反、贈賄、殺人、強盗の罪で逮捕する。既に衛兵にはエリゼ嬢から話を通してある。大人しく……ってダメだ、完全に伸びてる」
しょうがないな……気絶している男を担ぎ上げ、俺は倉庫を後にした。あとはまあ、衛兵の皆さんがやってくれるだろ。
――
「えっと……奴隷登録は終わりました。だけど本当にいいの? エリゼちゃん。今なら首輪外せるけど」
俺は色々な処理が終わった後、奴隷登録所に来ていた。勿論目的はリゼを奴隷として登録する為なんだが……何故か俺じゃなくてリゼの方に「本当に良いの?」と何度も確認する職員に辟易していた。
「良いんです! 私はこれからリック様の奴隷・リゼとして生きていくんです!」
そして元気よく奴隷宣言をするリゼ。なんだこの状況。
「じゃあ固着しちゃうからね? ホントにやっちゃうよ? やめない? 今なら――」
「あーーもうっ、早くやってください!」
本当に何なんだよこれ……
登録を終え、ギルド経営の宿屋まで戻ってきた。
いちおう二部屋取ってあるんだが、リゼは無理やり俺の部屋までついてきている。
「んふー……」
「あの、リゼ?」
部屋のベッドに座って満足げに首輪をさする彼女に、声をかける。
「……」
しかし、リゼは無反応だ。
「リゼ!」
「は、はははいっ!?」
彼女がさっきから触っている首輪は、奴隷の証として絶対に外れない物だ。
ユガ火山の溶岩で鍛えた合金で作られており、外すには首を切り落とすしかない。つまり一度でも奴隷になったら、死ぬまでその烙印は消えないのだ。
だからこそ、普通は絶望的な首輪なのだが……
「いや、なんか……嬉しそうだなと」
「それはもう、えへへ……」
めちゃくちゃ嬉しそうなんだよなぁ……
「あ、そうだリック様! 今日はどんなプレイを?」
「しない! 出てけ!!」
俺はリゼを部屋から摘み出した。全く変な奴だ。
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