第4話 豪商ブラッドフォードの息女
リゼが服を選んでいる間、俺は向かいにあるギルドで何か出来そうな依頼が無いか探しつつ、なんとなく空き家も探していた。
この関所に隣接する町では、いろいろな情報が飛び交っているし、腰を落ち着けて依頼をこなしていくにはいい場所かもしれない。
「おっ、兄ちゃん家を探してるのかい?」
親切そうなおじさんが話しかけてくる。
「うーん、ちょっと迷ってるんですよね。この町に腰を落ち着けるのもいいかなあって、だけど先立つものがなあ……」
ギルドの掲示板には空き家情報なんかも載っている。ある程度財産を持った冒険者なんかは、各地にセーフハウスとして家を持ってたりするものだ。
「先立つ物ってえと、金か……せっかくいい物件持ってきたんだけどな、ほら、見てみろよ」
おじさんの手には、真新しい羊皮紙に転写魔法で描かれた洋館があった。きれいな左右対称で庭に迷路まである。
間違いなくどこかの豪商が払い下げたような、大規模なパーティが拠点として使いそうな物件だった。
「いやいや、こんな大豪邸、ソロの俺じゃあ絶対に持て余しますよ、それに、かなり値が張るはずじゃ……」
そう言いかけて値段を見る。
「って金貨一〇〇枚!?」
「そうそう、この間商売に失敗した商人が隣町にあるこの家で首括ってな、娘や家財道具は高値で売れたんだが、家だけは誰も気味悪がって欲しがらねえ、挙句の果てにこの安値よ」
金貨百枚って言うと、大体俺の稼ぎ三か月分だ。ローンを組めば手が届いてしまう。
「い、いやいや、でも事故物件でしょ? 俺は遠慮しておくよ」
「そうかい……まあここに貼っておくから、興味が出たら受付に持って行ってくれ」
おじさんは少し残念そうな顔をして、掲示板を離れていく。そういえば、リゼは服選びにずいぶん時間がかかっているようだけど、大丈夫だろうか?
「はーぁ……しかし、首を括ったやつはともかく、エリゼちゃんまで奴隷として売られるなんてな」
「ん? エリゼ?」
俺はおじさんが呟いた、リゼと似た響きの名前を聞き返していた。奴隷の身分も一緒だし、もしかすると……
「ああ、写真見るかい? ここらでは評判の美人さんでね、気立ても良くて慕われていたよ、ほら、この黒髪と青い瞳の――」
その姿を見て、俺は思わずギルドを飛び出していた。
あの髪色と瞳は、間違いなくリゼだ!
「リゼッ! どこだっ!!?」
向かいの服屋で声を上げると、店内にいた人たちが一斉に振り向く、しかしその中にあの黒髪も、透き通る青い瞳も無かった。
クソッ、クソックソッ!
自分に腹が立つ、リゼを拾った地点からは離れているものの、奴隷に身をやつした彼女を一人にしていい筈が無かったんだ。
俺はすぐに店を出て、周囲の人間に聞き込みを開始した。
――
「久しぶりだなぁ、エリゼ様よぉ」
「くっ……」
夕陽の見える町外れ、倉庫が並ぶ場所でリゼ……エリゼは男に胸ぐらをつかまれていた。
男は筋肉を岩のように隆起させ、獰猛な笑みで彼女を見つめる。
「ったく、どうやって逃げてきたんだか……とはいえ、ここに戻ってくるとは運の尽きだな、親父と一緒に今度はあの世にでも行くか? ハハハッ」
「っ……貴方、キース商会の用心棒ね。私達……いえ、お父様を裏切ったキースの仲間……!」
「おいおい、人聞きが悪いな、商売は出し抜きと競争だろ?」
男はかぶりを振っておどけて見せる。しかしエリゼは憎しみのこもった瞳で彼を睨みつけていた。
「信頼と調和よ……っ、このっ……」
「あーそうだっけ? ったくよぉ、お前も親父に似て、変なところでこまけえのな、ところで俺、そろそろ今の娼婦に飽きててさ、どう? お前」
下卑た表情で男がエリゼを見る。
すると「べちゃっ」と音を立てて、顔に唾がかけられた。
エリゼは苦しげに呻いていたが、その口元を歪めて嘲笑するような笑みを浮かべた。
「ざまぁ、みなさ――」
「テメェ!!」
男は激高し、彼女を地面に叩きつける。
「あぐっ……!!」
「ったく、もういいや、お前……死んどけ」
身体をしたたかに打ち、身動きの取れない彼女へ、男は懐からナイフを取り出して、それを振り上げる。
「あの世で親父によろしくなぁ!!」
――
「岩鎚っ!!」
当たれ! その願いを込めて発した地属性魔法は、見事なほど綺麗にナイフだけを弾き飛ばした。
「リゼッ! 無事かっ!?」
「っ……はい、リック様!!」
「……ックソ、なんだ、てめえは?」
ナイフを持っていた男は、震えあがりそうなほど怖い顔で俺を見る。
や、やっぱり緊急時とはいえ、後先考えず人に魔法を打ったのは流石にまずかったかな……いやでも、あのままだったらリゼが……ええいっ、考えても仕方ない!
「それは俺の! 俺だけの奴隷だ! 奴隷登録を済ませる前に手を出されちゃ困るんだよ!」
「……」
沈黙が訪れる。
「ああ、そうかい、悪かったな、兄ちゃん」
永遠とも思える沈黙の後、最初に折れたのは怖そうな男の人だった。彼は弾き飛ばされたナイフを拾うと、さっさとこの場から去ってしまった。
「……ふぅ」
姿が見えなくなってから、俺は地面にへたり込んだ。魔物を相手にする時とは別の、人を傷つけるかもしれない緊張感は、やっぱり全然慣れない。
「リック様! どうしてここが?」
へたり込んだ俺に、リゼが走り寄ってくる。服は奴隷用の粗末な服だから、まだ買い物は終わってないようだ。
「町の人全員に聞いた。あとは昔、知り合いに教わった人探しのコツを使ってね」
知り合いとは勿論サイゾウの事だ。彼の職業「闇狼」は諜報や撹乱に特化しており、俺たちはそれに何度も助けられていた。
追放された後ですら役に立つとは、おそるべし闇狼の技。
「なんで、私なんか、ただの奴隷なのに……」
「奴隷だからっていうか……人が危ない目に遭ってるのにほっとく方がどうかしてるだろ、それに――」
俺は一瞬言葉を切る。この話をリゼにしていいのだろうか? 女々しい、陰気な奴と思われないだろうか……
「俺、前に居たパーティを追い出されてさ」
迷いを振り切って話すことにする。どうせこれが俺の事実なんだ。遅かれ早かれバレるだろう。
「イクス王国領で野垂れ死ぬはずだったのが、偶然能力に目覚めて、ここまで生きてこれてさ……勿論、経緯は違うんだろうけど、大事な人に捨てられて、後は死ぬだけだったリゼが、どうしても他人と思えないんだ」
これが俺の本心だった。彼女を助けることで後ろ暗い過去から俺自身も救われる。そんな気がしていた。
「リック様……」
掛ける言葉を失ったように、リゼは俺の名前だけを呟いた。
「……よしっ、じゃあギルド経営の宿屋に行こうか、そろそろ夕飯にしてもいい頃だろ! ……リゼ?」
俺はそんな彼女を気付かないふりをして、勢いよく立ち上がって明るく声を掛ける。
「あの……リック様の奴隷になる前に、一つお願いしたいことがあるんです」
「奴隷になる前も何も、いつだって俺は最大限、リゼの希望は聞くよ?」
「いえ、奴隷リゼではなく、豪商デズモンド・ブラッドフォードの娘、エリゼ・ブラッドフォードとしてのお願いです」
ブラッドフォード、どこかで聞いた名前だな。
……ああ、そうか、ブラッドフォード商会! エルキ共和国の有力な豪商だ。たしか、共和議会にもある程度顔が利くっていう話も聞いたことがある。
「って、ブラッドフォード!?」
「……」
隣町で自殺をした商人がブラッドフォードというのも驚きだが、目の前にいるリゼがブラッドフォードの娘というのも驚いた。いやだって……ねえ?
「そりゃあ……ンンッ、いえ、勿論、何なりとお申し付けください」
「あの、そこまで畏まらなくても……」
双方による身上暴露の結果、双方に混乱が生まれたが、俺はそういうわけでエリゼ嬢最後の依頼を受けることにした。
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