第3話 助けた少女は、何を思うか

「ようやく、ここまで来たか」


 丘の上に登ると、遠くにエルキ共和国の関所が見えた。


「ようやくつきましたね、リック様」

「ん、うー……ん、そうだね、リゼ」


 嬉しそうに俺を「様」付けで呼ぶ彼女を撫でてやる。くすぐったそうに笑うと俺の腰辺りに抱き着いてきた。


 ここまで来ると随分と気候も温暖になってきて、春に近づいているのもあり、かなり過ごしやすくなっている。


 彼女を拾った当時は、極寒の環境で薄着をさせるわけにもいかず、上着を彼女に着せていた。正直な話、回復>火球の連鎖を見つけていなければ、どっちか片方が凍死していた可能性は、否定できなかった。


「でさ、リゼ……俺、別に君の主人ってわけじゃないからね?」

「いえ、絶対について行きます」


 ぐっと力強く抱きしめられてしまった。俺はちょっとだけこそばゆい気持ちになりつつも、ここまでの道のりを思い返してみた。


 彼女を拾った最初の夜、リゼは傷が痛むのかすぐに寝てしまった。俺は俺で一度魔力切れの失神を起こしているから、回復>火球を使用したらそのまま眠ってしまった。


 次の日、起きるとリゼが食事を作って待っていた。どうも携帯食料と野営用品を、俺の荷物から持ち出して用意したらしい。


 料理自体は問題なく、むしろ結構上手な方だった。アベルはからっきしだし、サイゾウは変な丸薬しか作らないし、セリカとシエラはなぜか攻撃アイテムを作る。いつも全員分の食事を用意していた俺がそう思うんだから、かなり上手いはずだ。


 それから、道すがら何度か魔物を退けて、俺も職業レベルが上がった。ステータスを見るとこんな感じだ。


 魔法マスタリーLv1

 属性マスタリーLv9

 連鎖威力上昇Lv4

 相乗効果上昇Lv3

 連鎖記録Lv1


 新しく増えた連鎖記録というスキルは、一つレベルが上がるごとに、任意の連鎖を一度の発動で出せるというものだ。今この記録領域には回復>火球がセットしてある。多分もっと複雑な連鎖を作るときに重宝するだろう。


「さあリック様、はやく行きましょ……きゃっ!?」

「な、何だ!?」


 地響きと共に目の前の地面がせりあがる。それは巨大な岩石のようで、不格好な藁人形のようでもあった。


 石巨人(ストーンゴーレム)だ。


「リック様っ!!」

「安心しろリゼ! 丁度いい、試したかった連鎖術があるんだ……水弾っ!」


 石巨人は物理、魔法共に強力な耐性を持ち、倒すには強い衝撃を与えて身体を砕くしかない。以前はアベルの上級魔法で吹き飛ばしていたが、今となっては俺が何とかしなければ。


「ゴゴッ……」


 石巨人に水弾が命中すると、その体表は濡れていく。俺はそのまま何度も水弾を撃ち込み、その体を完全にびしょびしょにした。


「リック様! ただ濡らしてるだけでは……!」

「違う! ここからだ! 氷結っ!」


 氷属性の魔法が石巨人に命中し、体表が完全に凍り付く、動きを封じされた石巨人はそのまま身動きが取れなくなってしまう。


 しかしそれは一瞬の事で、徐々に氷を砕きつつ石巨人は動き始める。足止めの魔法としてはあまり使えなさそうだな。


「これならどうだっ――火球っ!」


 すぐに頭を切り替え、火属性魔法を使い、急激に温度を上昇させる。体表がすぐに赤熱するが、石巨人自体にはダメージが無いように見える。


「氷結っ!」


 だが、熱でダメージを与えるのが目的じゃない。俺は連続して真逆の温度をぶつけると、石巨人の身体にひびが入る。


「とどめだ、岩鎚っ!!」


 ひび割れた石巨人の身体に、地面から飛び出した地属性の初級魔法が命中する。


「ゴゴゴゴアアァァッ……!!?」


 着弾時の衝撃で、石巨人は粉々に砕け散る。うまくいった! 俺は思いっきりガッツポーズをした。


「っよし!」

「すごいです、リック様! 初期術だけで倒してしまうなんて、それにどうやってそんなに早く連続で魔法を使えるんですか?」

「……? なんでそんなことを聞くんだ? 初期術くらいならこのくらいの速さでみんな撃てるだろ?」


 アベルはそこまで連続して撃つ理由がないし、弱い初級魔法しか使えない俺はいつもこんな調子で魔法を使っている。これが異常なら、パーティにいた時何かしら言われているはずだ。


「いえ、普通の魔法にはディレイとクールタイムがあるので、そんなには連続して撃てないはずです」


 そ、そうなのか……だとすると連鎖術師のユニークスキルか何かだろうか? 二つ以上のスキルを持っているなんて、かなりの上位職じゃないか、そんなに強かったのか。


「まあ、それはそれとして、関所に向かおうか。そこで服とか冒険用の道具を揃えよう」

「あと、私の奴隷登録ですねっ!」

「え、ああ……うん」


 なんでリゼはこんなにも奴隷でいる事に前向きなんだろうか、俺は不思議に思ったが深くは追求しないでおいた。




――リゼの独白



 ああ、神様。私を奴隷に貶めた時は罵詈雑言を浴びせてしまってすみませんでした。私は今、とても幸せです。


 お父様の商売が失敗し、借金のカタに売られた挙句、道中で馬車が滑落事故を起こして死にかけた時はどうなるかと思いました。


 しかし単身で、イクス王国領を一人で歩けるほどの実力を持っていて、おまけに顔も性格も悪くない超優良物件と出会った時、全ての疑問が氷解しました。


 私が散々な目に遭ったのはこのためだったんですね。


 ええ、もちろん逃がしません。絶対に彼を惚れさせ、奴隷の身分で悠々自適な生活をしてやりますとも。



――



「リゼ―」


「は、はいっ!」


「いつまでもその服じゃ困るだろ、道中で倒した魔物の討伐報酬が手に入ったから、服を買いに行こう」


「分かりました! すぐ行きますよ、リック様ー!」

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