閑話:追放当日、何が起きていたか
シエラ達がリックの不在に気付いたのは、朝食に降りてこない彼を迎えに行った時だった。
「なんでそんな事をしたんだ!?」
「いいじゃない! どうせあいつ役に立たないでしょ!?」
アベルとシエラが言い争うのを、セリカは泣きながら、サイゾウは腕を組んだまま聞いている。
「これから先もっと戦いは激しくなるんだし、役立たずが一人でもいたら、アタシたちでカバーしきれないわよ!」
「そうじゃない、仲間だろ!? 僕たちは駆け出しのころ、リックにどれだけ助けてもらったと思ってるんだ!」
「だからってこの先もずっと、あの穀潰しの世話をしなきゃいけないの!? むしろ汚れ役を買って出たアタシを感謝しなさいよ!」
リックは駆け出しの頃から、常に周囲へと気を配り、それとなくパーティの弱点を補っていた。
アベル自身も属性マスタリーの低いうちは何度も彼の世話になっていたし、回復薬が買えない時には、リックがフラフラになりながら回復魔法を使ってくれたのを全員が覚えていた。
「……確かにあいつは正直、もう一段階強い魔物が出る領域では、我々の足枷になるだろう」
話を聞いていたサイゾウが口を開く、冷静で合理的な判断をする彼は、一見して非情ともいえる提案をすることが多かったが、それは仲間を思うからこそだと、アベルは理解している。
「ほら、サイゾウだってそう言ってるじゃない! アタシは間違って――」
「だが、それにしても一旦エルキ共和国まで送り届けるか、用心棒を雇うくらいはして良かったんじゃないか? なぜこんな高レベルの魔物が徘徊する町で別れた?」
サイゾウの鋭い瞳がシエラを射貫く。冷静沈着で合理的な思考を持つ彼は、人一倍仲間を想う気持ちが強かった。
「それは……」
シエラが言葉に詰まる。
彼女は剣技と容姿は恵まれているものの、内面はただの小娘だとアベルは思っていた。実際それは正解であり、何度もリックがフォローに入っているのを見ていた。
「どうでもいいよ! 早くリックを探しに行こう。きっと、町からはまだ出ていないはずだよ」
泣くばかりだったセリカが声を上げる。彼女は最も年齢が低く、リックを兄のように慕っていた。アベルの見立てでは、もし円満に彼と別れていても、彼女は同じように駄々をこねただろう。
「……セリカの言うとおりだな、某は衛兵を中心に聞き込みをする。各自すぐに出発できるよう準備しておけ」
――
「はぁ、はぁっ……サイゾウ! リックは!?」
彼に持たせた魔道具から合図が送られ、アベルたちは町の出入り口、南門に集まっていた。
「数時間前、この門をくぐったらしい、かなり気落ちしていたらしい。衛兵が彼をしっかり覚えていた」
「っ……!」
アベルに続いてセリカと、少し遅れてシエラが追いつく、サイゾウは三人に目配せをしてから、街の外へと目を向け、口を開いた。
「行く――」
瞬間、空が燃え上がったように赤くなり、行く手に爆発音が響く。
「爆発!? 魔法かっ!? 一体……」
言葉を紡ぐよりも早く、アベルの脳内では一つの致命的な仮説が出来上がる。
例えば、リックが強力な魔物と出くわしているとしたら。
そして、それは自分たちのいる街を目指していたとしたら。
彼はどう動くか、魔物を挑発し、大規模な魔法を打たせて自分の命と引き換えに自分たちに危機を伝えるのではないか?
「っ!! サイゾウ! あの大規模魔法のポイントまで先行しろ! 僕たちも可能な限り追いかける!」
「承知っ!」
アベルとほぼ同時にサイゾウもその考えに至ったようで、彼は雪の中を駆けていく。
アベルたちは雪に足を取られつつも、彼を追いかけ、そしてその現場へと到着する。
「……これは」
大業魔の死骸が転がっているクレーターのような場所で、アベルたち四人は立ち尽くした。
大業魔は、彼ら四人で何とか太刀打ち出来る凶悪な魔物だ。それをリック一人でどうにかできる筈が無かった。
「……」
セリカも、シエラも、二人とも何かを喋る事はなかった。
「……アベル、魔法はお前の専門だろう。この状況に心当たりは?」
「ない……いや、待て」
アベルは数週間前、図書館でリックと話した時の事を思い出した。
――
「なあアベル、俺にも最上級魔法を唱える方法がここに書かれているぞ、これは大賢者様お役御免だな!」
「本当か!?」
「ああ、見てみろよ、『全生命力と引き換えに魔法マスタリーLv10にする禁呪』だ。すごいだろ、これ」
「リック、正座」
「……はい」
「冗談でもそんなことは言うな、僕だから正座で済んだけど、セリカとかサイゾウだったら何されてるか分かんないぞ?」
「で、でもさ、俺だってアイテム係ばっかじゃ……」
「『でも』じゃないよ……僕たちは本当に心配してるんだ。習得しようとか絶対に考えないでくれよ」
「……はい」
――
「ま、まさか……禁呪を?」
アベルの脳内で最悪の想像がよぎる。
「禁呪!?」
その言葉に反応したのは、意外にもシエラだった。
「詳しく教えなさいよ! その禁呪っていうのは何!? 使うとどうなるの!?」
アベルにつかみ掛かり、シエラは声を張り上げる。その表情は真剣そのもので、先程までのふてくされた顔からは想像できなかった。
「禁呪は……――」
アベルは自らの無力感を押し殺すように静かに語り始める。
誰でも習得できる最強の魔法、それが禁呪だ。
習得は容易で、発動には何の準備もいらない。ただし、これには大きなデメリットがあった。
その魔法は生命力を犠牲にする。
生命力とは体力とは違う。寿命のような物で、禁呪を使えば人間は死んでしまう、長命種のエルフですら使う事を避ける禁忌の呪法だ。
「う、嘘……でしょ」
話を聞き終えたシエラはその場に崩れ落ちる。
大業魔の脅威を避けられたというのに、その場にいる四人全員が、力なくうなだれていた。
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