第2話 追放された俺は、少女を助けた

 森の中、俺はエルキ共和国への道を歩いている。


 昨日まで降り続いていた雪は止んでいたが、常緑樹は雪を被り、地面にも脛辺りまで雪を被っていた。


 歩く道すがら、大業魔を倒した時に起きたレベルアップの事を思い出した。


――連鎖術師。

 魔法を連続して唱えることを得意とする職業で、連続して打つほどに威力が上昇し、また魔法同士のシナジーを上昇させるパッシブスキルを持っている。

――連鎖威力向上。

 連鎖術師専用のスキルで、連続して魔法を唱えるたびに威力にボーナスが付く。大業魔相手に使った火球が信じられない威力になったのは、このスキルによるものだ。

――相乗効果上昇。

 これも専用スキルで、違う魔法を唱えるたびにボーナスが付く。連鎖威力向上よりも係数が高く、この二つのパッシブスキルで戦うのが、連鎖術師の基本のようだ。


 俺は肉体レベルはかなり高いものの、職業レベルはその時までLv1だった。というのも「その職業としての基本」を理解していないと職業レベルは上昇しないのだ。


 ちなみに、この二つは味方の魔法が間に挟まると発動しないようになっていた。完全にソロ向けの職業というわけだ。

 俺はパッシブスキルを参照する。


 魔法マスタリーLv1

 属性マスタリーLv9

 連鎖威力向上Lv2

 相乗効果上昇Lv1


 魔法マスタリーはどのレベルまでの魔法を使えるか、属性マスタリーは何種類の属性を扱えるかを表している。

 つまりこのスキルを参照すると、俺は初級魔法しか使えないが、回復を含めた九属性を使えることになる。


「……?」


 雪に足を取られつつも四苦八苦して前に進んでいると、視界の隅にボロボロの馬車が見えた。不思議に思って近づいてみると、もうすでに馬は居なかったが、雪は積もっていなかった。


「最近捨てられた奴だな」


 昨日まで降っていた雪が馬車には積もっていない、大体今の時間は昼過ぎだから、今朝、こんなことになったのだろうか?


 すぐ近くには崖があり、どうやらそこから滑落したらしい。御者の姿が無くて、そこから離れる馬の足跡がある事から、ボロボロになった馬車を捨てて、どこかへ逃げたのだろうと想像できた。


 捨てられたものなら、俺が拾っても問題ないだろう。食料があれば頂いて行こうじゃないか。そう思って馬車の内部を覗くと、凄惨な光景が広がっていた。


「……ちっ」


 思わず舌打ちをする。内部にあるのは十数人のみすぼらしい姿をした死体で、腐敗は始まっていないものの、打撲で黒ずんだ皮膚や血生臭い匂いは、とても我慢できるものではなかった。


 ……逃げ出した商人は奴隷を扱っていたというわけだ。


 俺はその死体に両手を合わせる。略式の死者を弔う方法だと、サイゾウが教えてくれた。


「ぁ……ぅ……」

「っ!?」


 両手を合わせて目を閉じると、くぐもった呻き声が微かに聞こえたような気がした。


「誰か生きてるのか!?」


 声を上げて、馬車の中へ踏み込む。こんな状態でも、生存者がいるなんて。


「どこだ!? 返事してくれ!」


 声が聞こえなくなった。気の所為かもしれない。でも、もし生存者がいるなら見捨てるわけには行かない。


「どこだっ、ここ……か」


 大柄な死体を何とかどかしたところで、それは見つかった。

 やせ細り、頭から血を流し、力なくうなだれている姿は、死んでいると言っても差し支えないだろう。それでも生きていた。胸が上下していた。微かではあるが、瞼が動いていた。


「っ!! 死ぬな、死ぬなよ!」


 俺はそのガリガリに痩せたパペット人形みたいな奴隷を担ぎ上げ、馬車の外へ運び出す。


「回復っ!」


 馬車の床に敷いてあった粗末なカーペットを、地面に広げて奴隷を横たえさせ、俺は回復魔法を使う。


 しかし効きが悪い。初級魔法なのと、本人が死にかけている事。気温が零度を下回っているのも、悪影響かもしれない。


「回復っ、回復回復っ!」


 だったら何度でも使ってやる! 俺の連鎖威力向上は使うほど効果が上がる。だったらいつか上級治癒を越える効果が出るかもしれない。


 しかし、使えば使うほど、いや正確には使う効果よりも少しだけ早く、体力が失われていく。このままでは助からない。


「っ……火球っ!」


 一か八か、寒さをしのげるシナジーを狙って、一発だけ火球を別の場所に打ちこんで、再び回復を使おうと考えた。


 しかし、火球は発動せず。手のひらからは熱風のように力強い風が発生し、俺と奴隷を包み込んだ。


「っ!? ……回復、回復!」


 相乗効果上昇とかのパッシブスキルじゃない。これは……連鎖術師としてのユニークスキル?


 あらゆる職業には職業特性ともいえるユニークスキルがあり、シエラの剣聖や、アベルの大賢者には防御無視のユニークスキルが備わっている。


 このスキルはステータス確認では表示されず。知るには専用の施設で確認するしかない。


 どうやら連鎖術師のユニークスキルは「連鎖順によって魔法の効果が替わる」という事らしい。


「回復、回復、回復!」


 寒さが軽減されたおかげで、奴隷の体力もようやく盛り返し始めた。そうだ、頑張れ! 死ぬなっ!



――



「……はっ!?」


 いかん、気絶してた。


 さすがに初級魔法とはいえ、あんな何時間も連発していたら、魔力切れを起こして気絶するのも当然だろう。周囲は既に夕陽がさしていた。

 ぼやける視界で奴隷を見る。死んでいないか不安だったが、血色のいい肌色が見える。なら、とりあえずは安心してよさそうだ。


「ふう……」


 息を吐き、両目をこすって視界をはっきりさせると、俺は改めて奴隷を見た。


 やせっぽっちの小柄な姿だったが、汚れた黒髪の奥にある顔は、十分美形といって差し支えない。農村の口減らしか、没落商人の借金返済かは知らないが、もったいないことをするもんだ。


「……んっ」

「よかった。起きたか」


 奴隷が目を開くと、俺は安堵の声を漏らす。


「貴方は……」

「俺? 俺はリック。普通の冒険者だ。ソロだけどな」


 彼女の瞳は透き通るような青色で、みすぼらしい服装と汚れた肌とは対照的だった。


「そっか私……ありがとうございます。私はリゼ、助けていた――っ!!」


 リゼと名乗った彼女は、身体を起こそうとして顔をゆがめた。


「まだ傷が痛むか……悪いけど、少し我慢してくれ」

「……? きゃっ」


 俺はカーペットで彼女の身体を包んで、両手で持ち上げて歩き出す。


「少し離れたところに野営しよう。ここはすぐに死肉漁りが現れそうだ」


 死肉漁りとは巨大な百足型の魔物で、俺たちにとって様々な疫病を保菌している厄介な魔物だ。できれば遭遇したくない。


「……はい」


 驚いたように目を見開いていたリゼだったが、どうやら一応は俺を信用してくれたらしい。再び目を閉じて、俺に体重を預けてきた。


 シビアに考えるなら、ここで奴隷なんか拾っても何の役にも立たないし、食料の減りが速くなるだけだ。


 それでもなんで俺が彼女を助けたのか?


 身体が勝手に動いた。なんていえば格好がついたんだろうけど……正直なところ、そんな聖人君子みたいな理由ではない。


 誰からも見捨てられ、逃げるようにエルキ共和国を目指している俺と、奴隷としてすらも切り捨てられ、死を待つだけだったリゼ。


 その二つが、どこかで共感を生んでいた。俺はこの子が他人だとは思えなかった。どうにかして助けたいと思った。それだけだった。


 まだまだエルキ共和国へは遠い、それでも俺は力強く足を踏みしめた。

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