連鎖術師の冒険譚

奥州寛

エルキ共和国編

第一章

第1話 ある冬の寒い日、俺は追放された

 依頼を終え、寒さで震える身体を風呂で解して、夕食をとった後、俺はシエラの部屋を訪れていた。


「いい加減にしてくれないかしら?」

「……ごめん」


 シエラはいつもの調子で俺をなじる。

 彼女は俺の幼馴染みで、このパーティの主戦力で、俺を冒険へ誘ってくれた存在だ。


「アベルもセリカも、サイゾウだってみんなあなたのせいで負担が増えてるのよ、優しいからみんな言わないだけで」


 アベル、大賢者(エルダーセージ)

 セリカ、拳闘王(チャンピオン)

 サイゾウ、闇狼(シノビ)

 シエラ、剣聖(ソードマスター)


 輝かしい職業と功績を持った、自他ともに認める最高のパーティにおいて、俺は全くパッとしない職業についていた。


 連鎖術師(チェインクラフター)


 思えばこの職業についてから色々とおかしい事ばかりだった。


 宣託をしてくれた神官からは「え、何この職業?」と言われ、新しい街へ向かうたびに図書館へ行っても記述すらない。


「ちょっと、いい加減アタシでもフォローしきれないのよね」

「うっ……」


 レア職業だから強いのかと思えば、使えるのは全属性とはいえ初級魔法のみ、魔力上限は大賢者の半分よりちょっと多いくらい。

 戦闘では特に目立つこともなく、いわゆる「アイテム係」として頑張っているが、このレベルまで育って戦闘力皆無は自分でもまずいと思う。


「……なんか言いなさいよ、昔はそんなんじゃなかったでしょ!?」

「……ごめん」


 昔……このパーティを結成したころは、低いレベルで全属性の魔法を使える俺はパーティの中心だった。


 といっても、本当に昔の話だ。今となっては初級魔法はいくら打っても魔力切れしないが、そんなに打つくらいならアベルが最上級魔法を叩きこんでいる。


「さっきからごめん、ごめんって、アタシが虐めてるみたいじゃない!」

「……」


 何も言い返せない。雑用だってアイテム係だって何だってしてきたが、結局「みんなに迷惑かけている」というのは揺るがない事実だからだ。


 シエラはため息をついて、もう一度俺を見る。


「もういいわ、リック、今すぐ出ていきなさい。何度も言おうと思ったけど、あなたはもうこのパーティにいらないわ」

「いや、待ってくれ! 外は吹雪だしこの町の周り見ただろ!? 俺じゃ一人で他の町に行けない、せめて安全な町で別れるか路銀を……」

「じゃあアタシたちもそこまで行かなきゃダメなわけ? お金だってみんなで稼いだものなのに?」

「……」


 ただでさえ迷惑掛けてるのに、これ以上迷惑かけるわけにいかない、か……


「分かった、明日早朝には出ていくよ……」




 町から一歩出ると、そこは魔物の領域だ。


 朝日も昇りきらない頃、俺は町の入り口に立っていた。結局、みんな見送りにすら来なかったな。

 すこし、いや、ものすごい疎外感と寂寥感を感じたまま、俺は町を出ていく。


「おい、君……どうかしたか? 顔色が悪いぞ」

「いえ、大丈夫です。ちょっと昨日飲み過ぎただけなんで」


 心配そうな衛兵に無理して笑顔を繕って、俺はもっと安全な地域を目指して歩き始めた。

 ここ……イクス王国領よりは、もっと南部のエルキ共和国の方が、気候も温暖かつ魔物の危険度も低い。

 何とか初級魔法で渡り合える場所を目指していかなければ……

 なぜ俺がこんな危険を冒してまで、一人で旅をするのか。それは用心棒を雇う事も出来ず、あの町を拠点に生計を立てるのも、実力的に不可能だからだ。


 そりゃあ装備を売って丸腰になればある程度の金は手に入る。だけど俺は腐っても冒険者だ。商売道具を手放してしまうのは、さすがに避けたかった。


「ん? あれ……」


 エルキ共和国でどうやって生計を立てるか考えていると、はるか前方に黒い塊が見えた。

 それはものすごい速さで雪を巻き上げ、地吹雪と共に俺へと迫ってくる。


「嘘だろ……おい」


 大業魔(グレーターデーモン)だ。この辺りに居る魔物ですら、あいつと比べたら子犬みたいなものだった。

 三対の翼を持ち、六本の腕に四本の足……異形そのものの姿で暴れまわるそれは、俺たち、いや「俺が元居たパーティ」ですら手こずる怪物だった。


「ゴオオォォッ……」


 大業魔は進路上にいた俺を見とがめ、翼を畳んで立ちはだかる。着地の衝撃で俺は思わず顔を覆った。


 本来なら、今すぐ逃げるべきだったが、俺は情けないことに足がすくんでしまっていた。


「くっ……」


 大業魔も、一応はレベルの高い俺を警戒しているようで、攻めあぐねている。


 俺が採れる行動は二つだ。

 一か八か全力で逃げて、さっきまでいた街を犠牲に生き残る。

 負けるの確定で戦って、大規模な魔法を使わせて街の住人に危険を知らせる。


 俺は――


「火球!」


 かざした手から、こぶし大の火の玉が飛び出して大業魔にあたる。怪物はそれを腕を振っただけで防御し、俺に下卑た笑みを向けてきた。


「クソッ、クソッ! 死にたくねえけど、戦うしかねえだろ!」


 俺は仲間に見捨てられた。街の人からは「パッとしない奴」的な扱いを受けてたし、シエラからもついに愛想をつかされた。

 それでも……俺を見下してきた奴だろうと、防げる被害を見過ごすのは、俺自身が許せない。自分自身にすら見損なわれたら、きっと生き残ってもまともな人生なんて歩めない。


「火球! 火球! 火球!」

 連続して何度も低威力の初級魔法を撃ち込む。大業魔は防御することすら煩わしいとばかりに、腕を広げて火の玉を受ける。


 効いていない。だけどそれは俺が攻撃を止めて良い理由にはならない。何度でも、何度でも魔法を撃ち込むんだ。初級魔法なら俺でも連発できる!


「グオオオォォッ!!」


 大業魔はゆっくりと口を開け、超火力のブレスを吐く体制に入る。……狙い通り俺を確実に屠り。遠くの町まで危険を知らせることが出来そうだ。

 クソッ、もっとだ! もっと連発してせめて体力を少しでも削ってやる!


「火球! 火球火球!」


 初級魔法を何度も使ううち、奇妙な錯覚を感じる。唱える数よりも発射される火の玉の方が多く、炎もだんだん巨大になっているような気がした。

 しかし、それを気にしている余裕はない。チャージが終わってしまえば、俺も無事でいられるわけがないからだ。


「火球!」


 もう一〇〇回は唱えただろうか、その魔法が発動した瞬間、俺は目を疑った。


「ゴアアアァァッ!?」


 薄暗い空から太陽がそのまま落ちてきたような火の玉が落下してきて、大業魔を炎に包む。


「っ……! 火球! 火球! 火球!」


 何が起きたか考えるのはあとだ、俺はその超強化された火球を何度も発動させ、大業魔の体力を削っていく。


「グウオオオァァァァ!!」

「っ、火球!!!」


 辺りを全て焼き尽くすような極大の炎が降り注ぎ、大業魔はその炎に焼かれて消滅した。


「はぁ、はぁっ! ……な、なにがっ……――」

 ――起きたのか、その疑問は直後に響いたメッセージで氷解する。


『連鎖術師としてのレベルが上がりました。連鎖威力向上Lv2、相乗効果上昇Lv1を習得します』

「……!!」


 初めて聞くレベルアップメッセージ。それと同時に習得したスキルの効果が頭に流れ込んでくる。


「……そうか、そうだったんだ」


 俺は、火球で雪が解け、ぬかるんだ地面に膝をつき、涙を流す。俺の職業、連鎖術師は最弱のマイナー職じゃない……



 最強のレア職だ。

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