第27話

 驚きから安心感、残ったのは心配からくる怒りだった。ワタリの秒ともいえない一瞬の間の変化。


「ナガト、こんなところで何をやっているんだ」


 感情を抑えた声色は重厚で、子供のナガトでも冗談を云えない圧迫感に包まれていた。二人の距離は近い。頬っぺたを打てるほどの距離だった。


「えっと、うん。ちょっと。用事があって」

「ダンジョンに入ってはならないと言っただろう」

「大丈夫だよ」

「魔物に襲われたらどうするのだ」

「そんなことしないから大丈夫だよ」

「…………」

「ごめんなさい」

「もういい。怪我はないか?」

「うん」


 二人のやり取りを聞いて視線を天井にある穴にやった。外から丈夫そうな見慣れた縄が垂れている。ナガトは縄を使って降りてきたらしい。帰りはあそこから外に出よう。


 …………。

「そなたは闘わないのだな」

 えっ?


 天井の穴を見つめていたところで、声がした。声はどうやら俺に向けられているようで、主はワタリだった。彼女を観る。凛々しさを持った表情が弱くなっていた。


 並んでいるナガトも似たような顔でこっちを見ていた。


「ジブンは剣士だ。しかし、魔物を討伐した経験は一度もない。この剣は何も切れない模造刀。ジブンが志しているのは護りの剣。自分自身を誰かを護れるための剣を教える剣師を目指している」


 突然、なんです?


「知ってるだろうか。魔物は人間しか襲わない理由を。魔物はあるモノを感知して人だけを襲っているらしいのだ」

 似たような話をどこかで聞いたっけ?

「敵意。恐怖心ではなく敵愾心。莫迦だと嘲笑ってもらっても構わない。世界に反した行いが身を護る手段だと誰が思うだろうか。人を襲う魔物を駆逐すれば平和になるというのに敵と思わないのはあまりにも常軌を逸した説だと、ナガトの村を見るまでジブンたちは思っていた。


 村人は魔物に対して敵意がない。理由は簡単。村人で魔物に襲われた人間が一人もいないのだ。魔物がこのダンジョンに現れたとき彼らはすんなりと明け渡したらしい。魔物と争うのではなく共存を選んだのだ。ナガトがこのダンジョンに入って襲われていないのを偶然だと世界は云うだろう。しかし、おそらく偶然は何度も起こってる。ナガトがここへ来たのは一度や二度じゃない」


 唇を少し歪めワタリは口を開いた。

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