第19話

「ずっと昔にこの村に来た覚えがあるんだ。子供だったからはっきりとは覚えていないんだけどね。でも、そのころの村は赤い花が地面に落ちていても何の不思議もなかったよ」


 ムラベは持っているコップを親指で撫でるのを止めると、腰に手を回し大きめのポーチから布に包まれた義手を取り出して机の上に置いた。


 むせそうになる。義手だと解っていても精巧に造られていていれば本物と同じだった。


「ボクは工作士であると共に研究家でもあるんだ。研究家は自称だけどね。テーマは人間と魔物の共存。世の理から外れている考えだから、一族からも否定されてる」

 そうなんですか?

「あはは、君も変わった人だ。ボクを莫迦にしたらいいのに」


 彼はそう云うと俺の代わりに笑っているようだった。


「暇つぶしに身の上話をさせてもらっていいかい? まあ、暇つぶしだから了承なしにしちゃうんだけどね。


 研究のきっかけは人の影と魔物の影が見分けられなかったとき、形が一緒だと思ったんだ。あるときね、魔物を殺さず捕らえる依頼があった。半分依頼は成功して拘束した魔物を運んでいるときにうっかり持っていたハンカチをボクが地面に落としてしまった。拾おうとして地面に複数の人影を見たんだ。そう、全部人影だった。影を見ながら聞こえてくる声。荒っぽい声。悲痛な声。ボクらはそのときの出来事を忘れられない。影を見ているだけだったら、どっちが人でどっちが魔物なのか判別できない。人に形が似た存在はボクらをただ襲うだけの化物なのか、それとも共存できる存在なのかもしれいと考えるようになったんだ。それから、人と魔物をよく観察し始めた」


 彼は窓の外を観た。

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