第5話
「もし」
彼女は店員を呼んだ。
「ここでの一押しを二つ。この方にも」
男店員は俺を見るといま気づいたと言わんばかりの表情を一瞬だけ漏らすと、一礼して下がった。
「さあ。アナタの存在は認識されました。ワタクシも英雄の血族の一人であり腕に自信があるのですが、まさか、ここまで驚かされるとは思っていませんでしたわ。協力の報酬は前金で支払いましょう。とりあえず、金硬貨五枚です」
彼女はテーブルに布を一枚敷くと金硬貨と呼ばれる物を五枚並べた。美しい円形だ。銀硬貨の大きさと同じだけれど、ここまで円を模るには技能が必要だ。紋様があり中心に紅い石が埋め込まれている。
「金硬貨の価値を知っていますか?」
首を横に振った。
「これ一枚につき、英雄の血族が一つ頼みごとを叶えてくれる信用の硬貨です。しかし、この硬貨に永続的な効力はありません。人を束縛する隷従させるなど信用を瓦解させる願いは認められないという意味です。使いどころが難しく本来の意味では使われるのは希ですが通貨として換算すれば金硬貨一枚で銀紙幣十枚分ですわ」
へ? 十枚分?
「過度な使い方をしなければ悠々自適な生活を送れる報酬を差し上げます。両替はここの施設をおすすめしますわ」
話の区切り良いところで男店員が紅茶を運んできた。並べられた金硬貨を視界に入れても所作に乱れはない。彼らにとっては見慣れた取引だという意味だろう。
「金硬貨一枚を銀紙幣と銀硬貨に」
金硬貨を手渡された男店員は別の店員にハンドシグナルを送った。男店員が下がると入れ替わり女店員が木目の長手盆をテーブルの上へ置く。
「確かに」
紅茶を含みつつ彼女が確認したのを認識すると女店員は一礼して去っていく。そこには銀紙幣が九枚と銀硬貨が十枚が一目で確認できるよう置いてあった。
「お受け取りください。それはもうアナタの物ですわ。成功失敗問わずの金額、まあ、口止め料とも云います。成功すれば別途報酬をお渡ししますが他言無用で。
さて、協力内容なのですが、求婚者と同じ方法をとっても同じ末路を辿るのは解りきっています。ですから、相手の隙をついて捉えてください。
アナタの技能ならば姉を捉えられると終始一貫を見せていただき確信しております。危険はありませんわ。気づかれる前に捉えてしまえば返り討ちには合いませんから」
彼女は笑みを含んだ。
「アナタは気配を殺すのと同じく、足音をも殺せる。ダンジョンで魔物と戦闘を行わずにいられるのはそういった技能に長けているから。あとは暗視も持っているそう考えてもよさそうですね。この技能でこれまで冒険者にならず何をしてきたのでしょう? 頼りにしていますわ。犯罪者さん」
天真爛漫な笑みを知らない彼女は淡々と心情を言葉にしていく。残念ながらそのような器用さを持っていない俺は行動ではなく思ってみることで少しばかりの抵抗をしてみた。
この金硬貨四枚で協力するのを拒めませんかね?
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