第8話 シロサイド
エメルの野郎の一声で、この場は保留となった。皆、それぞれ部屋を出て行く。
俺もその中にまじって、こっそり外に出る。ずっと外で待ってましたよって感じで。
結乃とエメルの野郎が婚約だなんて、気が気じゃなくて、俺は扉が閉まる瞬間、こっそりと王の間に入った。
そのあとは壁伝いに歩いて、柱の陰から様子をうかがっていた。
正直王が婚約を認めないって言ったときは「ナイス! やるじゃねえか王!」ってガッツポーズした。ようやくエメルの野郎が婚約詐欺師だってことに気がついたな、って。
だけどそうじゃなかった。なんなんだよメガロスの王子ってのは? 俺はダンスパーティーの日、結乃の部屋で留守番だったからどんなやつか知らないぞ。
結乃に一目ぼれする気持ちはわかるが、いきなりプロポーズしてくるとは手が早いやつだ。大国の王子だからっていい気になってんじゃないのか。
俺は終始自分を抑えるのに必死だった。
どいつもこいつも勝手なこと言って結乃を泣かせてんじゃねーっての。
王と王妃の前に堂々飛び出て「結乃の婚約者は俺だ! 俺が結乃を幸せにする!」と、俺がどれほど宣言したかったことか。
だけど俺もそこまでバカじゃない。そんなことしたら摘まみ出されるのがオチだからな。猫なんか連れてくるからって、結乃が怒られるかもしれない。
本音を言うともう少しでバカになるところだったが、あぶないあぶない。
そんなことを思いながら、自分の部屋へと戻る、結乃とエメルを見た。
結乃はエメルの少し後ろを、あきらかに気落ちしたような様子で歩いていた。
悲しいが俺の存在は完全に忘れている。
二人とも会話がない。仕方なく、俺はそんな二人の後ろをちょこちょこついていく。
おい、エメル、黙ってないでなんか結乃にフォローをしろよ。お前は今俺なんだろ? 俺だったら「何も心配いらない。お前は俺が守る」って抱きしめるぞ。いや、やっぱいくら俺を演じてるからってお前がそんなことを結乃にすることは断じて許さん!
エメルの野郎は情けなくも魔物退治に怯んだようだし(こいついつも魔法に頼って根性なさそうだもんな)もうこうなったら俺を人間に戻すしかないだろう! おい、ビビりエメル、さっさと俺を人間に戻しやがれ!
「ごめんね、青野君。ややこしいことになっちゃって」
はっと我に返ると、もうすでに結乃の部屋の前だった。うっかり通り過ぎるところだった……。
部屋の前でエメルと向き合って俯く結乃の声は、か細く、震えていた。
「魔物退治なんて、無理だよね。しかも、国の優秀な魔導師が束になっても敵わないなんて。お母様ってば、私が諦めるのをわかって言ってるんだ」
それは俺もそう思った。最初からクリアできそうもない条件を付きつけて、こっちが引き下がるのを待つ。陰険なやり方だ。
俺はエメルの肩に飛び乗った。結乃、泣くな。何とかするから。俺の言葉が届くはずのない結乃は、顔を上げて、エメルの顔を見つめる。
「青野君は心配しないで。私、一人でも、なんとか、なんとかするから」
顔を上げた結乃は笑っていた。だけど、大きな目からは涙がぼろぼろとこぼれていた。
俺は思わず結乃に抱きつこう(飛びつこう)と……
「……君一人に無茶はさせないよ。君は俺が必ず守るから」
……したんだけど、その前に、エメルがそう言いながら、結乃の頭にそっと手を乗せた。
結乃に目線を合わせるように、身をかがめる。
「青野君」
「ね、泣かない、泣かない」
いつもの奴らしからぬ優しい声で、結乃の頭をやさしく撫でる。
な……、こいつ……!?
俺はエメルの肩の上で飛び上がったポーズのまま、固まるしかなかった。
「な、泣いてないよ、青野君ってば。あれ、シロ、今までどこにいたの? 変なポーズ」
やっと俺の存在に気がついたか、結乃よ。
「そっか。それじゃあ大丈夫だね……だな。とにかく魔物退治はリスクが大きすぎる。そのことは、二人でもう少し考えよう。俺はまだ仕事が残ってるから、じゃあ行くな」
エメルの方は俺を完全無視し、踵を返した。俺は慌てて廊下に飛び降りる。
わざとらしい咳払いが聞こえ、見ると侍女のアドネが立っていた。
え? ずっと見てた?
結乃は見られていたのに気づくと、顔を真っ赤にしてそそくさと部屋に引っ込んだ。
俺は危うく締め出されるところだった。
な、なんだこの結乃とエメルの雰囲気? まさか、エメルの野郎まで、結乃の魅力にやられちまったのか? いや、最初から結乃を狙ってたのか? だから俺のフリして結乃と結婚を!?
うわああああああ、そうだそうだ、あいつ王族入りが目的とか言ってたけどそうだったんだー!! うかつだった、このままじゃ俺は人間に戻してもらえねー! どうすんだ俺!
俺は床の上でジタバタした。疲れた。見上げると結乃は机に頬杖をつき、ぼんやり宙を眺めている。さっきのエメルの頭なでなでを思い出してんのか? ますますやばい。
なんとかして早急に俺が本物の青野だって伝えねーと。
大体俺だったら「少し考えさせてくれ」なんて絶対言わない。
今すぐにでも北の森に向かう。ビビったりなんてしない。
本当だよ、結乃。
結乃も俺のことわかってないな。
俺は、結乃を絶対に悲しませたりしないから。
「ねえシロ」
ふいに呼ばれて、抱き上げられた。結乃は俺を膝に乗せる。
「私、こっちの世界でも役立たずになっちゃった」
そう言って、結乃は悲しそうに笑った。
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