第6話 王子の求婚

 婚約を認められない……? 


 部屋全体が数秒間、静まりかえった。

 私はあまりのショックに口を開こうに言葉が出ない。ここ最近のお父様のご様子から、全然オッケーだと勝手に思ってた。青野君だってそう思っていたはず。


「テラグラス陛下、発言してもよろしいでしょうか」

「うむ。もちろんよい」


 想定外の出来事で、口をぱくぱくさせるしかない私の代わりに、青野君がお父様に質問した。


「私はこの日を心待ちにしておりました。なぜ認めていただけないのか、理由をお聞かせ願えませんか。納得できるお答えを下さい」

「そ、そうよ。お父様、仰ってたじゃない。エメル魔導師は優秀な方だから心配ないって」

 ようやく声が出せた。

「やはり、私の身分の問題でしょうか」青野君はそう言って唇をかむ。


 青野君は三か月前からミール国直属の魔導師として宮中に住んでいるけれど、出身は国の外れに位置する小さな村だと言っていた。王族との繋がりは一切ない。だからなの? 王族の私と一般人の青野君では釣り合わないって、そういうこと?

 私は思わず泣きそうになって、ぐっとこらえる。

 そんな私の状態と、青野君の真剣な眼差しを受けて、お父様はひとつ咳ばらいをすると、厳かに、こう続けた。



「『メガロス国』の第三王子が、お前をご所望だ。ユノレア、お前と正式に婚約し、いずれ妻にしたいと今朝、魔法通信があった」


 つま? 誰が? メガロスって……え? えええええ?


「先週ミールにメガロスの第三王子をお迎えして、ダンスパーティーを行ったでしょう? 貴方も王子とダンスを踊ったじゃない、覚えていないの?」

 お母様が厳しい表情で私にたずねる。

 全然覚えてない。青野君しか見てなかったから……。そんな人、いた?

「そこで貴方を見染めたそうよ」お母様が付け加える。

 見染めた……一目ぼれってこと?


 それまで黙って考え込んでいた青野君が口を開いた。

「ええと、ユノレア王女と踊った後突然倒れた方ですよね? まだずいぶんとお若く見えましたが」

 青野君がそう言うので、私も思い出そうとした。……だめだあ、あのときは、青野君とあと少しで婚約できるって舞い上がってて、ダンスどころじゃなかったよ。


「あの小柄で綺麗な顔の王子でしょ? いいなあ、ユノ。メガロスはミールと違って色んな国に影響力を持ってる大きな国だし、ユノがお嫁に行ってくれれば、この国も安泰だよ」


 上から二番目のお姉様、シオンお姉様が話に入ってきて、魔法で空中にピンクのハートを大きく描いた。


 長く美しい銀髪を持つシオンお姉様は王位継承第一位で、次期女王の身。今は他国へ視察中でいないが、すでに夫がいる。末っ子の私にも気さくに接し、飾らない性格で、私は尊敬しているし、大好きだ。

 生まれながらにとてつもない高い魔法力を持って生まれたシオンお姉様は、ミール国の古くからの決まりに則り、すぐに次期女王に決まった。なんでもミール国の王族には二百年に一度、とても高い魔法力を持つ者が生まれ、その者は国王に据えなければならないという言い伝えが昔からあるという。そうしないと国に災いが起こるという、嬉しくない注釈付きで。


 お父様は気まずそうに話を続けた。


「そういうことだ、二人とも。現在、メガロス国は我が国と友好関係にあるが、万が一、敵に回すとどういうことになるか……」

 お父様がごにょごにょと言葉を濁す。国の未来のために、青野君……エメル魔導師との結婚を諦めろと言っているのだ。

 国のため。そう、私は八番目といえ、この国の王女。この国の人たちを守るのが努め。小さいころから自分の身分と義務に関しては厳しく教育されてきた。だけど、これだけは……。


「お父様、恐れながら、申し上げます」私は立ち上がって、深呼吸をした。お腹にぐっと力を込める。

「私は、エメル魔導師を愛しています。他の方との結婚は考えられません」

 自分でも言葉が震えているのが分かる。だけど、ここは譲れない。


「自分の我儘で国の者を危険に晒すの? ユノ、王族としての自覚はないの? 国のために役立つのが王女の努めでしょ」


 シオンお姉様の冷たい声に私は絶句した。

 そのとおりだからだ。

 そんな私の様子にお父様がおろおろする。


「シオンよ、そこまで言うことはない。私とて、ユノレアの意思を尊重したい」

 シオンお姉様はお父様に臆することなく続ける。もうどっちが国王だか分からない。

「あら、お父様はユノに甘いこと。ではエメル魔導師にお聞きするよ。エメル魔導師はどうなの? それでもユノと結婚したい?」

 青野君が立ち上がった。

「もちろんです。私もユノレア王女を心から愛しております」


 青野君……。

 震えている私と違って青野君は毅然と宣言する。私の胸が苦しいぐらいに熱くなる。自然と涙がこぼれてきた。



「……そうですか、貴方たちの気持ちはわかりました。それなら」


 緊張した雰囲気の中、それまで静観していたお母様がおもむろに、仰った。


「どうしても二人が結婚したいというのなら、条件を出しましょう」

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