第5話 まさかの事態
身支度が終わり、私は「王の間」に向かう。
もちろんエメル魔導師(青野君)と……シロもなぜか一緒だ。部屋を出たら勝手についてきてしまった。
青野君との婚約が決まったら、形だけの成人の儀式をぱぱっと終えて、私は第八王女としてこの国のために頑張ろう。
魔法力はないけど。できることをしよう。
この世界の八割近くの人が「魔法力」という不思議な力を持っている。
この魔法力を持っていると怪我を治したり、明かりをつけたり、物を自在に操ったり、様々な「魔法」を使うことができる。
本当にザ・異世界って感じ。
だけど私は生まれつき魔法力がまったくないようで、魔法とは無縁。
後天的に魔法力が開花することもあるそうだけど、ずいぶん稀らしいので、期待はできない。
しかもこれといった取り柄もなく、高校生のときと一緒で勉強も運動もダメ。
あーあ、生まれ変わったんだから何かひとつくらい才能みたいなもの欲しかったな。青野君の方は一級魔導師になれるほど、魔法力が高いのに。
前の世界では、私、役立たずだった。
お母さんとお姉ちゃんはお父さんがいなくても、しっかりとお店を切り盛りして、生活を支えてくれていたのに、私ときたら……。
「にゃおん」
振り返ると、私の後ろをちょこちょことついてきていたシロが、私を見上げていた。青い瞳が心配そうに私を見つめている。
変なの。猫が、私の気持ちを推し量れるはずないのに、青い瞳が私を心配しているように見える。シロのアーモンド形の青い目はなんだか私を落ち着かせてくれる。懐かしいっていうか。なぜだろう。
「ユノレア王女、そのままだと扉にぶつかりますよ」
エメル魔導師……青野君が、ドアにぶつかる寸前だった私を左手で制する。
「ごめんなさい、エメル魔導師。ぼんやりしてました」
最後尾にアドネがついてきているので、私はユノレア王女モードで応対する。そうだ、この両開きの扉の向こうにお父様とお母様、そしてお姉様たちが、待っている。どっちかっていうと、王であるお父様よりも、お母様とお姉様たちに会うほうが、緊張する。
「シロ、ここで待っててね」
シロは私がそう言うと、大人しくその場に立ち止まった。いい子いい子。
青野君が、一歩下がって、私に先を譲る。私はユノレア王女となって、扉を開けた。
「只今参りました。ユノレア・クレシェ・ミールランドです。お待たせして申し訳ありません」
「エメル・フレンディです。ご同席させていただきます」
扉を開けた先は、前の世界の私の家が丸々すっぽりおさまってしまうくらいの、広い空間だった。厚い絨毯が敷かれ、天井からは豪華なシャンデリアが吊り下がっている。
にこにこしたお父様が片手を上げた。
「おうおう、ユノレア、よく来た。すまんな、話は午後からだったのに、急に呼び出して。まあ座れ。エメル魔導師も、ユノの隣に」
装飾を施した豪華な椅子に、国王であるお父様と妃であるマリアお母様がそれぞれ座っていた。二人から見て左側に他国に嫁いだ三人を除く、四人のお姉様たちが並んで座り、私と青野君はお父様とお母様の正面に用意された椅子に一礼して座った。
アドネが頭を下げ部屋を出て行くと、五十過ぎのお父様は、さっきの笑顔から一転、突き出たお腹をさすりながら、何か言い出しにくそうにもじもじしだした。ちらちらとお母様の顔を窺っている。いつもお母様に頭が上がらないお父様だけど、この様子は……?
私と青野君の婚約を認めて下さるんじゃなかったの?
何、この不穏な雰囲気。
お姉様たちもそろって硬い表情をしていらっしゃる。まるでお通夜だ。
お父様とお母様の間に数十秒間の目配せがあったあと、お母様にキッとした視線を向けられたお父様は、とうとう観念したように、口を開いた。
「ユノレア、エメル魔導師、貴公らの婚約を認めるわけにはいかなくなった」
え?
今、なんて?
「婚約は認められない」
私は言葉を失った。
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