第一章

第4話 成人の儀式

 シロってば、本当にどうしちゃったの? 三か月前とはまるで別猫のよう……。


 私はフードをしぶしぶ食べているように見えるシロを見つめながら、嘆息した。


「どうした結乃」

 そんな私を見て、青野君が心配そうに声をかけてくれる。

「青野君、シロのこと、どう思う? どうも三か月前と性格が変わっちゃったような気がするんだよね。なんだか攻撃的というか、おかしな行動も多いし。インク瓶をひっくり返してまだら猫になったり、しっぽをひたすら回してみたり」

 私の言葉を聞いた青野君が、吹き出しそうなのを必死にこらえているみたいな顔をした。口の端が引きつってピクピクしている。どうしたんだろ? 私何かおかしなこと言った?

「気にすることない。オス特有の発情期だろう」

「え? シロってオスだったんだ!? メスだと思ってた」

「オスだろ」

 青野君がシロのふさふさで真っ白な尻尾を掴んで持ち上げて、おしりを覗き込んだ。瞬間、シロは凄まじい金切声(?)を上げて、青野君に飛びかかった。


「にゃ゛あああああああああああああ」

「ははは、そうはいくか。今度はひっかかれないぞ」

「にゃお゛お゛お゛お゛ーーーーん」

「手も足も出ないだろう」

 さっきと違って、青野君は魔法をうまく使いシロの攻撃をかわしている。なんだかんだいってじゃれ合っている一人と一匹は仲がいいみたい。ケンカするのも仲のいい証拠って言うしね。それにしても青野君、前より喋るようになった? 転生したから性格も少し変わったのかな。

 ……さっきまでの甘い雰囲気はどこかへ行っちゃったけど、まあいいか。

 これから私はこの世界で青野君とラブラブになれるんだし。

 自然とにやける顔を、私はどうすることもできない。だって、幸せなんだもん。


「ユノレア王女、よろしいでしょうか」


 ドアの向こうから固い声がした。

 私は急いで「川村結乃」から「ユノレア王女」に気持ちを切り替える。


「どうぞ」


「失礼いたします。ユノレア王女、テラグラス王がお呼びです。エメル様もご一緒に」


 ドアから恭しく顔を覗かせたのは侍女のアドネだ。子供のころから私の世話をしてくれている。年は確か、三十五歳。少し口うるさいけど、頼りになるお母さ……、いや、お姉さんだ。


 突然の呼び出しに私は戸惑う。


「え? お父様のお話は午後からだって」

 だからまだのんびりしてたんだけど。

「そうなのですが、急遽王の間にいらっしゃるよう、仰せつかりました。成人の儀式についても合わせてお達しがあるようですよ」

「あ、そうか。成人の儀式もあるんだ」


 婚約のことで頭がいっぱいで、成人の儀式のことはすっかり忘れてた。

 ミール国のしきたりで、王子や王女は十六歳になると「成人の儀式」と称して国王の出す課題をクリアしなければいけない。

 昔から伝統的に続いてるってだけで、貴方は第八王女なんだから、形だけよ、ってお姉様たちが言っていたから、今の今まで忘れてた。


「エメル様、申し訳ありませんが、ユノレア様のお支度が整うまで外でお待ちになって下さいね」


 全然申し訳なくないような口調で、アドネはエメル魔導師……青野君を部屋の外へ追い払う。

 なぜか青野君はシロの首根っこを捕まえて、一緒に部屋から出て行ってしまった。






「覗きは許さないよ」


 ドアにもたれかかり、エメルの野郎は俺の首根っこを掴んで左右にぶらぶら降った。


「とは言っても猫の姿の特権で、普段いろいろやらかしてるんだろうね。添い寝したり、胸にスリスリしたり、一緒に風呂に入ったり。このスケベ猫」

 言葉とは裏腹に、エメルの野郎はグレーの目を細めて、楽しそうに笑う。口調も普段のものに戻っている。


(してねーよ! この腹黒魔導師!)

 添い寝はしてるけどな。けどあれは結乃が俺をベッドに入れるからで。

 俺は首根っこを掴まれながら、エメルのローブをけりけりした。


「ま、どうでもいいけどね。残念だけど、彼女と結婚して王族入りするのは僕だ。猫の姿で指くわえて見ててよ、前世の恋人」

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