3


あっという間に2週間が経った。

僕はまた迎えに来た馬車に揺られてチェリスの城に向かっている。薔薇の香りがどことなく、いつもより強く感じた。

毎度同じように、厳かな食事会が始まる。

この2週間、例の扉の事は忘れていた。けれどお城に入った時から記憶が蘇り、その事で思考が埋め尽くされてしまった。食事中は落ち着かなくて、いつも以上に集中出来なかった。けれど怪しまれないようにしっかりと王子をこなした。

食事が終わった後、また僕はチェリスに頼んで城の中を巡る。僕は笑顔を振りまき、冷静さを装う。チェリスは疑うことなく、相変わらず元気な姿で案内してくれている。ある程度部屋を回った後、僕はそっとチェリスに声をかけた。


「チェリス、ちょっとごめん。部屋で待っててくれるかな。」

「あら、よろしくてよ。」


お手洗いに行くふりをして、チェリスから離れる。これで暫くは自由の身だ。確かここからお手洗いまでは距離がある。多少帰りが遅くなっても誤魔化せるだろう。

廊下を静かに歩き、気づかれないように僕は例の扉へ足を運ぶ。すると丁度、昨日のメイドが足早に食事を持って向かうのが見えた。忍び足でその後を尾行する。メイドは警戒した様子で辺りに人がいないことを確認し、「No entry」と書かれた扉に入っていった。耳をそばだてる。階段を上る音らしき足音が聞こえる。万が一を考えて、メイドが出てくるまで少し待つことにした。

少しした頃だろうか、階段を下りる音と共にメイドが扉から出てくるのが見えた。


「…え…?」


その顔にはどことなく涙を浮かべているように見えた。そしてメイドは顔を覆い、逃げるように立ち去って行った。

一体あの奥には何があるというのだろうか。僕は心臓を高鳴らせながら、扉に手をかける。鍵は掛かっておらず、空いていた。

ギィィと鈍い音がして僕は静かに入る。中は薄暗く、上の方に螺旋状の階段が伸びている。壁にはぽつぽつと淡い蝋燭が揺らいでいる。目を凝らしながら、一歩一歩階段を昇っていく。コツン、コツンと自分の足音が響く度にビクッとしてしまう。蝋燭の灯火が余計その緊張感を掻き立てた。お城全体の豪華な雰囲気とは打って変わって、異様な雰囲気が漂っている。

この先に、もしかしたら怪物がいるんじゃないか。思わず腰に隠しているナイフを取り出そうとしてしまう。僕は普段から、用心深くなれという教えで隠しナイフを持っている。何かあった時の為に、ある程度は使いこなしているつもりだ。武道も護身術として日頃から鍛えられている。けれど、もし危険な獣や大男がいたらどうしよう。少し不安になってきた。

自分の感覚的にはとても長く昇っていた気がする。ようやく先が見え、そこにはまた頑丈な扉があった。恐怖が湧き上がるけれど、引き下がる気にもなれず、勇気を出して扉に手をかけた。途端、中からガチャリと音がする。


「!?」


中に誰かがいる?

思わず僕は後退りして、腰のナイフに手をかける。いや、僕は王子だ。こんなことで怖気付いたら駄目なんだ。ここまで来たのに、最後まで突き通さなければ自分が情けないだろう。

僕は勇気を振り絞って勢いよくドアを開ける。そして次の瞬間、目に飛び込んできた光景に固まってしまった。


「…!」


その部屋は物静かで、薄暗い。しかし壁際にはドレスが掛かった洋服掛け、鏡、玩具箱らしき箱。殺風景な雰囲気と似つかわしくない物が置いてある。

そんな部屋の雰囲気よりも僕は、一番の異様な存在に目が釘付けになっていた。

その部屋の真ん中で、小さな悲鳴をあげて蹲る少女。僕を見つめる怯えたその顔は、僕があまりにも見なれた顔だった。


「……チェリス?」

「…どなた…ですか…」


顔、体格、衣装…その全てがチェリスとそっくりだ。違うとするならば、着ているドレスは薄汚れていて、その表情は暗い。よく見ると体はチェリスより華奢で、不自然な傷跡があることに気づく。

僕は暫く衝撃で動けないままでいた。我に返り、夢でも見ているのかと顔を抓ってみた。普通に痛い。


「あ…貴方は…」

「僕はロイ・フローレス…君は一体…」


僕の名前を聞いた瞬間、その少女は目を見開く。そしてまた悲鳴をあげて、部屋の隅に這いずるように逃げ込んでしまった。


「ま、待って…ごめん…!」


少女は小さく震えていた。ふと、薄汚れたドレスから見えたその片足は一本しかない。見間違いだろうか。少女は立ち上がろうとせず、壁を伝うように体を動かしている。


「君…もしかして足…」

「み…見ないで下さい…!」


僕はハッとして、失礼なことを言ってしまったことを後悔した。僕はどうしていいか分からず、おろおろとしてしまう。なんだかわけも分からず泣き出しそうになる。少女に深く頭を下げて、謝るしか無かった。情けなく声が震える。


「僕…扉…知りたくて…その…本当にごめんなさい…」

「そんな…お顔を上げてください…ロイ様…」


気がつくと、目の前に少女が潤んだ目で僕を見上げていた。僕の腕を掴んで顔を振っている。その力は弱々しく、今にも零れ落ちそうだった。


「ご無礼をお許しくださいませ…おやめ下さい…王子である貴方様が私めに顔をお下げになるなど……」

「君は…僕のことを知ってるの…?」


少女は口を抑えて俯く。唇を噛み締め、小刻みに震えている。僕はそっと落ち着かせるようにその肩を撫でる。すると少女は少し安心した様子で、壁伝いに立ち上がった。やはりその片足は見当たらない。少女は片足で器用に立ったまま、ドレスを広げてお辞儀をする。


「私はロゼア…ロゼア・ルーズベルトでございます…」

「ロゼア…」


ルーズベルト…チェリスの苗字と同じだ。やはりこの少女はチェリスと深い関係があるようだ。

ロゼアは直ぐにまた壁に手を着くと、そのままへたり込んだ。かなり疲れている様子だ。


「無理はしないで…」

「ロイ様…早くお戻り下さいませ。私と貴方様が会ったことが知られてしまえば、国中が大変なことになります。詳しくは話せないことを…お許し下さい…」


ロゼアは壁にある時計を見て、切羽詰まった様子で僕に訴えた。僕も時計を見てみると、かなり時が進んでいる。

まずい。そろそろ帰る時間だ。


「…分かった。君と出会ったことは誰にも言わない。秘密にしておくよ」

「もうここには来ないで下さい…私の事は忘れて下さい…」


ロゼアはその目に涙を浮かべていたが、最後には泣き始めてしまった。僕はロゼアを放っておけない気持ちに駆られたが、時間には逆らえない。

僕はすぐさま階段を降り、気を取り直して、何食わぬ顔のまま廊下を歩いていた。遠くからざわめきが聞こえてきたかと思うと、僕目掛けてメイドや執事達、チェリスが血相を変えて飛んできた。


「ロイ様!!ロイ様ー!?どこにいらっしゃってたの!!」


チェリスは泣きながら怒っている。周りのメイドや執事達はほっと胸をなで下ろしていた。


「ごめん、迷子になっちゃった」

「そうだと思いましたわ!だから私がご案内して差し上げると…」


ロゼアとの出会いは夢だったのだろうか。僕はまだ夢心地な気分だった。チェリスの甲高い声や、周りの呆れた心配そうな声も遠く聞こえる。

鐘の音が聞こえる。いつものようにお迎えの時間が来る。馬車に乗りながら揺らぐ景色をじっと眺めていた。

帰ってくると、父上が珍しく僕に話しかけてきた。口数が少なく、常に冷静で威厳のある国王。僕は将来、この父上の跡を継ぐことになる。


「ロイ、お前はもっと将来の覚悟を持って日々を過ごさなければならん。この国を守る男として、勉学に励み、己を高め…」

「はい…父上」


内心うんざりしながら説教を聞く。現実に思い切り引き戻されて、忽ち憂鬱になる。

それでも僕はロゼアのことが頭から離れなかった。そんなこと、僕には考える余裕も無いのに。次回の食事会でまた会いに行けたら言いけれど、僕一人になれる時間が取れるだろうか。僕と離れるのを嫌がるチェリスの目が光ってる以上、簡単に行動は出来ない。

けれど僕は諦めたくなかった。ロゼアのことを知りたいと思った。妙に胸が高まって寝付くことが出来なかった。瞼の裏にロゼアのいた部屋の景色が浮かび上がる。ロゼアの泣き顔が脳裏にこびり付いている。

僕は邪念を追い払うように、頭を強く振ってベッドに潜り込む。


「…寝なきゃ…」


明日も朝が早い。なにがあろうと、この日常を変えることは出来ない。許されないんだ。僕に自由は無いのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

My Dear Rose... うみのも くず @Kuzha_live

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ