出逢い
1
Dear Rose
今日も私は、窓から人が賑わう街の様子を眺めている。この城から眺める風景は綺麗だが、いつも同じで見飽きてしまう。
まだ朝日が昇ったばかりだと言うのに、街の人達は店の準備で忙しいのだろうか。私には関係ない。と言いたいが、そうもいかない。この国の繁栄を思う度に少し憂鬱になる。
私にはタレイア王国という、あまりに大きなものを背負わされている。花が咲き誇るこの国で、私は将来を担う存在として今日も生かされている。
ふとノックの音が聞こえたかと思うと、数名の足音が聞こえた。もうこんな時間か。
「おはようございますロイ様、お着替えの時間でございます」
「お召し物でございます」
ドアを開けると、見慣れたメイド達が私の服を持って並んでいた。別にいいと言う前に、どやどやとメイド達が部屋に雪崩込む。
私はされるがままに着替えさせられる。
この服は本当に嫌いだ。窮屈で私が国の者であると嫌でも知ら示される。それに、全然好みの服じゃない。
「もう一人で着れるよ」
「ロイ様、ご無理はなさらず…」
とはいえ私の小さな手ではまだ上手くネクタイを結べない。こんなもの、付けなくていいのに。
結局メイド達がするすると結んだ後、鏡の前に立たされる。
素朴な顔、短い髪、引き締まった服、ズボン。見たくもない自分の姿が目に映る。
「今日もよくお似合いですよ」
美しいメイド達に褒められても、私の心は曇っていくだけだった。慰めにすらならない。
早朝なのに、もう寝たい。
「ロイ様、本日は午前にピアノとお歌のレッスンがありまして、その後はチェリス様とのお食事会に…」
少し厳しめなメイド長が鋭い目付きで伝えてくる。彼女の化粧は特に濃くて、ついまじまじと見てしまう。ふわっとしたメイド服が私の視界を包み込む。彼女達は私よりも階級が低い。でもその身は軽やかで、私には輝いて見える。働く姿は明るくて、自由だ。
「私に何かご用でございますか?」
「あ…いや」
無意識にメイド長のスカートの裾をぎゅっと握っていた。慌てて手を離す。
メイド長は溜息をつき、周りのメイド達は微笑ましく私を見る。
「うふふ、ロイ様はまだ子どもですから」
「貴方はこの国の王子。いつかは国王になるお方です。いつまでも私達がお側に仕えていられるわけではないのですよ」
私は黙って俯く。もう諦めている。分かっている。この現実から逃れられないのだと。
私…いや、僕は王子だ。この国を守っていく、相応しい男として生きている。私ではなく、鏡に映る僕が本物。ここに私はいない。
私、じゃない僕は改めて鏡の自分を見た。その顔はどこか無機質で、青い服を見に纏って輝いている。その目に光はなく、沈んでいる。
着替えが終わるとレッスンの支度をする。気がつけば後少しで始まる時間だ。僕がいる城の中は広くて、少し移動するだけでも疲れてしまう。今日は運良く好きなピアノとお歌だ。けれど歴史学やよく分からない政治の勉強は逃げ出したくなる。
ピアノを奏でたり、歌っている間は何故だか体が軽くなる。自分を忘れて、ずっと歌っていたいな。歌だけは僕を優しく受け入れてくれるから。
そんな思いは虚しく、午前中のレッスンはすぐに終わった。楽しい時間はすぐに去る。
この後は食事会とまた政治の勉強だ。
「ロイ様ー!」
と、外から甲高い声が聞こえた。
窓から外を見ると、豪華な馬車からこれまた豪華なドレスを着た女の子が降りてくるのが見えた。その周りには馬に乗った厳つい体型の兵士がいる。
彼女は隣国、ホライス王国の王女であるチェリスだ。幼い頃からこの国と親密に交流をしていて、僕の幼なじみでもある。そして僕らはいずれ結婚する立場にある、らしい。
僕が城から出てくると、チェリスは勢いよく抱きついてきた。
「ぐぇっ…」
「ロイ様!会いたかったですわ!」
僕より3歳年下の彼女は破天荒で無邪気な性格だ。顔は好きになれるのだけど、彼女の行動は少し苦手でもある。
「あれ…今回の食事会は僕がそっちに行くはずじゃ」
「わたくし、ロイ様に早く会いたくて迎えに来てしまいましたの」
周りにいた兵士達の顔は、どことなく少し疲れているように見える。チェリスに振り回されたらしい。流石、隣国のお姫様はやることが派手過ぎる。
苦笑する僕をチェリスは笑顔と捉えたのか、満足そうに頷く。
「ロイ様、貴方には王子としてリードして頂きたいですわ」
「う、うん」
僕はそっとチェリスの手を引くと、男らしく馬車に誘う。王子として、完璧にこなす。学んだことをただ行うだけ。僕はにっこりとチェリスに笑いかける。そして僕もチェリスの隣に乗り込んだ。
「ロイ様、素敵ですわ」
走り出す馬車に揺られて、チェリスが僕の肩に身を委ねる。僕はそっとその頭を撫でる。
ふとチェリスが来ている服に目がいく。
ピンクや赤の薔薇の飾りや、レースが贅沢に使われている。ふわっと広がる袖に、僕も包まれてみたい。
「凄く可愛い…」
「まぁ、嬉しい」
チェリスは頬を赤らめて僕を見る。僕は思わず俯く。下を向いて視界に入る自分のズボンを強く握る。
過去に一度、チェリスのドレスを着ようとしたことがあった。チェリスにも周りにも、凄く怒られたことを思い出す。駄目な事なんだとその時、初めて思った。
それ以来、僕は誤魔化し、隠し続けている。
「ロイ様、そろそろ着きましてよ」
薔薇が咲き誇る道の先に、大きく聳え立つお城が見えた。近づいてくるにつれ、緊張が走る。揺られる馬車と風景を見ながら、僕の心は沈む一方だった。
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