第3話 セレンディアの場合。1


 神殿には神の偶像はない。

 この世界には、神を偶像として祀る習慣がなかった。

 ただ、精霊使いと呼ばれるごく少数の人たちが精霊を身近に使役しており、その精霊たちは長に背くことはないと言われている。そしてその長が崇敬する対象が様々な神々であることは事実だった。だから、人々はけして神を疎かにしなかったし、精霊たちはたくさんの恩寵を人々に贈っていた。


 その精霊の長を従えていた中に、神ではない人もいた。

 名を、エルシラ・ディア・レント・ティルディスという、半ば伝説と化しているティルディシア建国の母である。

 流れる黄金の髪を大空神シーダ・イリに捧げるように風に遊ばせ、玉座の花ディエラ・フィダに花冠をのせられ、戦神ディルフ・ランからひと振りの宝剣を与えられ、戦により死した人々を死者の守り手フリオナに手渡したと言われる、戦う女王だ。

 ディエラ・フィダの母、大地母神ウィエル・フィダに祈りを捧げ、河岸の黄金平原と世界樹を賜った。その世界樹の精霊に名を与え、黄金平原を守るよう示したともいう。


 もうひとり、これははっきりと歴史書に書かれた存在がいる。

 ティルディシア中興の姫、アイリーン・フィーダ・トゥア・グリュンディルだ。ティルディス家の傍流に、当時のアートゥアールを支配していたグリュンディル家がある。ここの出身で、新興国グラン・クランにティルディシアが脅かされたとき、精霊の長を呼び起こし、伝説のエルシラ女王の宝剣を振るい、自ら先陣に立って天馬を駆った。

 グラン・クランとの戦いに終止符を打っただけでなく、その後の交易のためにアレンジュラ金貨を鋳造し、街道を石畳に整え、王冠を弟へ載せると、竜の地へ旅立ったと記されている。竜の地とは、ティルディシアからグラン・クランの北側にそびえるカラトラヴィア山脈のことだ。

 以来九代の王家に於いて、王家の血を引く精霊使いが竜の巫女と呼ばれ、カラトラヴィア山脈に捧げられている。

 別の書物には、アイリーン姫自らが竜を駆ったという記述もある。


 いずれにしても、神々と精霊は、ティルディシアの人々の身近に存在した。


 セレンディア王女は、シーダ・イリ神殿で祈りを捧げていた。

 もうすぐ、秘匿されていた王女イレンシアが駆けつけてくる。

 梟便が確かに着いたし、返書もシンシアがしたためた。あとは精霊たちのさざめきあいで分かった。

 皆に言われることでもあり、自分でも思うことだが、自分はエルシラ女王の肖像に似ている。豊かな金の巻き毛、鮮やかな緑の瞳の華やかな女性だ。

 ただ違うのは、自分は剣を振るうことができない。強い精霊を使役することもできない。精々が小さきものとお喋りをして、小さな願い事を言付ける程度のことだ。

 王宮の様々な場所に間諜を忍ばせ、時折は精霊たちから他愛もない(それでも王家の存続にあたっては重要だと思われる)お喋りを聞き、神殿にいながらにして王宮の状況から目を背けず、注視していた。

 どのような状況であろうが、ティルディシアがグラン・クランやカウシェンブルに対し大国の意を示すのは、生まれた時から当然のことであったし、それを厭わしいとも思ってはこなかった。

 しかし、今は力を欲している。

 ただの権力ではない、戦神ディルフ・ランに認められるような、戦う力だ。

 残念ながら、自分の手は貴婦人の手である。床を磨く手ではなく、土弄りをする手でもなく、お茶を淹れるような手でもなく、ましてや剣を握るなど考えもつかない繊手である。

 だから、イレンシアの存在を忘れていたことは、本当に迂闊だったと自分を呪った。

 なぜもっと早くに気が付かなかったのか。二年間を無駄にした、と心底悔やんだ。

 アルスロード王子は、見た目だけは華やかで、確かに華美なことが嫌いではなかったが、ただそれだけの男だった。白馬に乗った王子様が欲しい姫がどこかにいるものなら、持参金でもつけて送り出したいところだ。

 けれどそうすると、王位継承者がいない。

 自分が冠を被ることも覚悟しかけたが、筆頭公爵家に嫁ぐことは先王の決めた覆せない現実だ。

 これを利用し、グラン・クランからの要請を――王女を后によこせという強引な命令を拒み続けている。

 イリアーディ王女は、生まれた時から竜の巫女になることが決まっていた。これは代々続いた王家の習わしで、やはり覆すことができない。そして、極秘事項ではあるが、彼女は女性ではなかった。

 巫子としての才能はセレンディアが及ぶところではなかったし、「竜に嫁ぐなら別に女の子じゃなくてもいいんじゃなくて」という第二王妃の言もあり、性別が取り沙汰されることはなかった。雄々しく育ったのであれば別の話だが、十四になる彼は、どこからどう見ても完璧な深窓の姫君だった。

 セレンディアを陽の姫とするなら、イリアーディは陰の姫。しとやかで、慎ましく、あまり人前に出てこない。剣の鍛錬をしているという噂もない。虫も殺せないような王女である。

「せめてアルスが王女で、私が王子だったら良ろしかったのにね。そうすればわたくしは、政治だけでなく剣術も馬術も鍛錬しましたわ」

 シンシアが小さく笑った。

「今からでもよろしければ、剣術と槍術の手解きをいたしますけれど、いかがなさいますか、セレン様」

「まぁ、意地悪を言ってよね、これからイレンシアが来るのに。付け焼刃では騎士のそれには及ばないし、馬には乗れないままだわ」

 祈りの形を崩し、立ち上がる。スレンダーな姿に、微苦笑した。

「もう少し筋肉がなければ、武術は無理ね」

 細身の身体にたっぷりとした布のドレスがよく映える。

「さぁ、あの暗愚も呼びましょうか。あれでも一応継承一位の座に居座っているのだから」

 用意の良い侍女は、ペンと羊皮紙を主人に差し出した。


 その次の朝、少女はつむじ風のように現れた。

 ティルディット最大のシーダ・イリ神殿で天馬を預けると、中にすたすたと入っていく。騎士に付く小者のような姿だから、門番はいちいち確認しなければならず、その度にイリはセレンディア王女の署名の書簡を見せなくてはならなかった。

 最後の門番を抜けると、話が通じていたのか、女官ばかりがうようよ待ち構えていた。

「姿をお改めくださいまし」

 神殿である。平民も来る場所である(もちろん離れた一角には違いないが)。

 迷わない自信はあったのだが――精霊のおかげである――女官に連れられ、まずは湯殿に突っ込まれた。

 事情を知らない女官たちを指示するために、シンシアもそれに同席した。第一王女の筆頭女官である。その他の女官たちはその腕を見せんがため、必死に努力するのだが。

「お湯じゃなくていい! 薪がもったいないよ!」

「いいえ、あなた様を磨けとのご指示でしたので、もったいないのはせっかく沸かした湯の方でございます」

 湯が終わるとべたべたと乳香を塗りたくられる。

「変なにおい! 水で洗ってよ!」

「もったいなくも、セレンディア王女殿下がお使いになられている乳香です」

 にべもない。

 その次は、絹の下着(これも相当に抵抗したのだが)、そしてコルセットを締めるにあたり、イリはとうとう逃げ出すことを考えた。

「イレンシア様、まさかコルセットをお着けになったことがないのでは」

 実力行使寸前で、シンシアがそっと言った。

「だってこんなの着けたら、動けないよ。私は騎士だから、絹の下着もコルセットも、たとえ木綿でもドレスなんかも、いらないんだってば」

「まぁ、ではあの薄汚れた格好をまたなさるとおっしゃる?」

「騎士の服、持ってきた。あれでいい」

「僭越ながらイレンシア様、あれは袖が裂けておいででしたので、処分いたしました」

「もったいない!」

 換えの騎士服などないだろう。何しろ、イリがまだ成長盛りの年齢なので、トゥアでも年に一度作り直していたような代物だった。

「あれは特注品なんだ、私がまだ小さいから」

「……セレン様になんと奏上しようかしら」

 腕を組み、小首を傾げ、シンシアはため息をついた。

「子ども用の稽古着とか、騎士見習いの服とか、ないの……」

「駄目ですわ。イレンシア様はこれからセレンディア王女殿下とアルスロード王子殿下、諸侯も参加する会議に出ていただかなければなりません。御髪を結い上げて、正装なさり、救国の聖女として皆に自らを売り込んでいただかなければなりませんの」

「私は! どっかから兵を率いて! グラン・クランに殴り込みに行くためだけに! ここに来たんだってば!」

「ですから」

 もがき叫ぶイリに対して、にっこりと、シンシアは微笑んだ。

「見た目は大事ですのよ。イレンシア王女殿下」

 言うことを聞け、という、無言の命令だった。

 王宮には魔物がいる、と親父殿は言っていたが、もしかしてこれのことだろうかと、イリは思った。


 シンシアの女主人が髪を結い上げ終わった頃に、ちょうど彼女は主の部屋に戻ることができた。

「セレン様」

「どうしましたの、シンシア」

「あの子どもは、まるで野生馬のようでしたわ」

 緑の瞳を大きく開き、セレンディアは返した。

「お前、野生馬を見たことがあって」

「飼い馴らされた馬と野生馬の違い程度は、存じ上げておりますわ。ところで、イリアーディ殿下はお呼びになられませんの」

「一応書簡は出しましたわ。わたくしと同じように潔斎を行っているのでしょうから、無理にとは書きませんでしたけれどね」

 王宮の魔物は、シンシアよりセレンディアだ。

 細身の身体にもかかわらず、よく通る声をしている。シンシア以外は知らないが、悪戯を企むかのように、王宮を弄り回している。

「あら、輿がついたの、内宮までそのまま入って良くってよ。伝えて頂戴」

 精霊が一足先にイリアーディの来訪を告げたのだ。

 神殿の表から、セレンディアの住まいとする内宮までは、かなりの距離がある。それを、まさかイリアーディに歩けとは言えない。あれは、そういう王女なのだ。

 そのかわり、アルスロードが乗った馬車は、表で止めさせた。馬は不謹慎である、との通達である。その程度は歩けという姉心でもある。

 心配していたイレンシアは、コルセットもドレスも頑なに固辞したあと、一番小さい大きさの平時の騎士服を身に付けることとなった。ドレスで佩刀はできないと訴え、シンシアが許したものである。これは既にセレンディアに通じてある。

「カリュンダルフ公爵は」

「既にご到着なさっておいでです」

 未来の夫に気をかけることも忘れない。何しろ、彼が否やを出してしまうと、諸侯が頷かない。筆頭公爵は、一番味方につけておきたい人物だった。

 イレンシアを育てたアートゥアール公爵は、イレンシアの行動を了承して、自らの妹を証人とすることを了承した時点で、味方の一人と数えておいた。間違いではない。

 ただ、どれだけが急ごしらえの聖女を認めてくれるのか。それが問題だった。

 瞳と同じ色のタフタに金剛石を縫い付けた豪奢なドレスを身に纏い、セレンディアは広間へ向かった。


 広間はざわついていた。

 人々も、精霊たちも。

 そこには、精霊使いはほんの三人しかいない。その精霊使いが、情報交換を盛んにする精霊たちの声に、耳をそばだてていた。

「セレンディア王女殿下のおなりー」

 シーダ・イリ神殿の神官が侍従の役目を務めている。

 アルスロード王子以外の全員が立って、彼女へ頭を下げた。王位継承権第二の位は誰もが認めるところであり、また、彼女は厳然たる権力を持っていた。

「皆様においでいただき、セレンディアは感謝をいたします」

 金の扇で口元を隠して明瞭に言葉を紡ぐ。

「どうぞお座りになって。これより新しき王女を皆に紹介しますゆえ」

 ざわり、と皆が狼狽えた。

「新しき王女とは、姉君の娘御ですかな?」

 ひとり場にそぐわぬアルスロードが、揶揄の視線を正面の王女に向けた。

 王座には誰も座っていない。王座の両翼の一番上座にアルスロードが、二位の位にセレンディアが、三位の位にイリアーディが座っていた。

 しかし、その正面、四位の位にもイリアーディが座っている。これは、髪だけは結い上げていたが、騎士の服装である。イリアーディではないと誰しもがいぶかしんでいた。

 鏡に映したかのように全くそっくりな、しかし、瞳に燃える光を見れば違いは一目瞭然の人物が、向かい合っていた。

「違いますわ、アルスロード殿下。わたくしたちの妹ですのよ。皆に紹介しますわ、お立ちなさい」

 隣に座って呆然としていたイリは、自分のことが言われているのにようやく気がつき、がたんと椅子を鳴らして立ち上がった。

「私は王女ではなくて天騎士イリ・トゥアです、王女殿下」

 おかしなことを言う、と誰もが目を向けた。――末席にいるフラウルーナを除いて。

「天騎士イリ・トゥア、お前にはあと二つの名があります。ひとつは精霊と契約を交わす際の名、そしてもうひとつは、第二王妃により秘匿された名が」

 イリの正面に座った、可憐な少女が姉姫の言葉に首をかしげた。

「セレンお姉様、第二王妃はわたくしの母ですわ。お隠しあそばされたなら、わたくしの目の前に立つのは確かに王妃の子。けれど、母君からは、わたくしの姉はセレンお姉様おひとり、兄はアルスお兄様おひとり、他に兄弟はないと聞いて育ちましたのよ」

 鈴を転がすような声だった。

「理由と事情を知っている者をこちらへ呼んであります。フラウルーナ・アートゥアール、フェニスティ・ティエリスティ、両名お立ちなさい」

 両名は、しとやかに席を立った。

「男女の双子が凶兆とされるは王家のしきたり、姫が弑されるのは皆も存じていると思います。けれど、第二王妃は二人とも生かした。両名、これに異議はありませんか?」

 ほとんど全員の目が、二人の元王妃従き女官に向けられた。女官服に着替えていた両名は、確かに、と頭を下げた。

「事実でございます、王女殿下。妃殿下は、男のお子を手に取り、もうひとりをわたくしに授けました。トゥアの地で、アイリーン姫のように育てるようにと」

 フラウルーナに続けて、フェニスティが言う。

「生まれた時より繊細であらせられた王子殿下は、竜の巫子となるべき資質がお有りになられたため、手元に置いて育てるともおっしゃいました」

「そう、イリアーディ、あなたは女子ではないでしょう。王位継承権二位の、男子です」

 血の気をなくしたイリアーディが、ふらりと立ち上がった。

「お姉様、……わたくしは、巫女ですわ……」

「巫女は歴代女性に限らずと、あなたは知っていますね」

 十四年間を女子として過ごしてきた「少女」にとって、打撃は大きなものだった。

「母君は、何もおっしゃいませんでした。お前は竜の嫁だと、ずっと言われておりましたから……」

 かたり、と小さな音がして、イリアーディは椅子に座った。気が抜けたようだった。

「二人がこれだけ似ているならば、皆も信じましょう。ですから、あなたにも来ていただいたのよ、イリアーディ」

 今度は、セレンディアとフラウルーナ、フェニスティを除いた全員が、二人をじろじろと見比べるという、なんとも格好の悪いことになってしまった。

「イリアーディはこのまま潔斎を続け、竜に嫁ぎます。それは先王の決められたこと。同じく、わたくしはカリュンダルフ公爵家へ嫁ぎます。これも先王のお決めになられたことです。ではアルスロード、お前に王冠は被ることができて」

 セレンディアの舌鋒が厳しくなる。

「王冠は、美姫を侍らせるために使うものではなくてよ。国を治め、隣国から我が領土を守るために使うものでしてよ。お前にそれができて」

「……ですから、セレンディア殿下は王冠の被り主を今まで探しておられた、と」

 ゆったりと続けたのは、カリュンダルフ公爵である。そして、徐ろにホスフォード伯爵が続けた。

「セレンディア殿下、二年間王冠を拒否し続けていたのは、この場を整えるためでしたかな」

 セレンディアに王冠を、と最も激しく口にしていた伯爵である。のらりくらりと躱された挙句が、「新しく見つかった王女」であるのだ。

「その、新しき王女は、政治も戦もできるのですかな」

 ベルン伯爵が、皆が黙っていたことを問いただす。この伯爵も、セレンディアを熱烈に擁立しようとしていた者の一人だ。

「フラウルーナ・アートゥアール、どう、イレンシアは両方できて?」

「恐れながら王女殿下、イリ・トゥアは天騎士にございます。騎士に叙勲されたのならば当然戦は出来ましょう。また、トゥアの領土は広うございます。領国経営は、我が兄と共同で、二年前の天騎士位叙勲と時を同じくしてより行なっておいででした。けれども……」

 但し書きがつくのを拒むようなやんわりとした威圧の視線で、セレンディアはフラウルーナを見た。

「恐れながら重ねて申し上げます。騎士イリはいずれは立派な将軍となられましょう。ですが、聖女にはなれますまい。ドレスを身につけたことのないお方ですから」

 これには諸卿が頷いた。何しろ、なりは少年なのだ。扁平で育っていない胸や、女性らしい丸みにかけた身体に、だぶついた騎士の制服である。とても、見栄えがよろしくない。

「衣装は仕立てさせますわ。帯剣できないのが不満のようでしたもの」

「聖女と言うなれば、イリアーディ殿下になっていただきたいものですな。まさか泣き叫びは致しますまい」

 ホスフォード伯は、半ば投げやりに言った。

「わ、わたくしが、戦場へ……?」

 イリアーディの顔は既に蒼白である。

「無理だって、精霊が言ってる。大体、イリアーディ様は馬も天馬も乗れないじゃないか」

「竜に乗っていただければよろしい。そのための竜の巫女では」

「戦場には女の子は向かないよ、おじさん。あと、竜ってのは温厚な精霊なんだよ。天馬の方が気性が荒いんだ.乗りこなすの大変なんだから」

 これはとても聖女の口調ではない。イレンシアに「おじさん」と呼ばれたベルン伯は、どう言い返していいものやら、しどろもどろになる。

「いやはや、これは……」

「王冠なんて、私はいらないよ。必要ないもの。でも、今が大変な時期だっていうのは分かる。王様がいないのは変だし、グラン・クランがこちらを併呑しようとしていることも確かだ」

「あら、なぜ確かなの、イレンシア」

「ここに来る前に、キユナータ――キユナタルディスに行ってきたんだ。王様、民衆に大人気だったし、王様がいないティルディシアが荒れていくのを見てられないから挙兵するんだ、ってさ。ティルディシアを助けたいのは山々だけど、聖女様だったら、みんなが「この人だったら助けてあげたい!」って思うような人じゃないと。私じゃ誰も手を貸してくれない」

「わたくしが後見につきますわ。手を貸しますから、女装なさいな」

「ドレスは無理。もし私の受け持つ一団が正規軍へ編入されたら、女性用の天騎士の服を着る。それまでは小者の格好の方が都合がイイんだ」

 確かに、天騎士には女性もいる。男性用に比べて衣装が雅やかなのは確かだ。

 セレンディアのあらゆる要求を、イリは跳ね返し続ける。一度言うことを聞いたら、あれもこれもと押し付けられかねない。

「……それまでに気が変わってくれることを期待しつつ譲歩しましょう。イレンシア専用の騎士服を作ってさしあげてよ。ところで皆」

 正面のアルスロードから一番下座のフラウルーナとフェニスティまでを見渡し、ひと呼吸置いて言った。

「このイレンシアが王女となることを認めまして?」

「第三王女であるなれば」

 ホスフォード伯が言った。

「私は認めよう、二番目でも三番目だろうと。できればその先の王冠も被っていただきたいところだけれどね。でなければ、いつになったら愛しい方が我が妻となってくださるか、分からない」

 鷹揚にカリュンダルフ公が続けた。

「いや、王冠はセレンディア殿下に」

 むっつりとベルン伯も付け加えた。

「アルスロード、いかが?」

 王位継承権第一位の彼が頷かなければ、なったことにならない。

「どうせ増えるなら、花のように可憐で楚々とした美しい者に妹になって欲しいけどね」

 こんなのでは不服だが、姉王女の言う事は聞いておかなければならない。

「これじゃ弟が増えたようなものじゃないか。楽しくないけれど、姉上のご機嫌を損ねてご尊顔を見られなくなるのは嫌だから、仕方ないね」

 宮廷において、彼女の意向なしに生活はできないのである、何故か。

 王冠の問題は別として、王女としてなら、聖女としてなら認めようという意見が大半だった。

「では、イレンシアに命じます。この後、あなたはグリュンディル家の一員です。恥ずべき行動を取らないよう。そして、王宮に安置してあるエルシラ女王の宝剣を持って、カウシェンブルの傭兵を雇ってちょうだいな。費用は必要なだけ国庫から出しましょう。」

「あの、訊いてもいい、かな」

「何か」

「なぜシーダ・イリ神殿なの。ティルディシアの主神はディエラ・フィダ、そっちの神殿じゃいけなかったの」

「ええ、最もですわ。皆も思っているでしょう。でも、あちらは玉座に座す者が主となるべきだと思いませんこと」

 もごもごと何かを言いかけたが、逆らうことはできないと、なんとなく感じた。

「あなたはこれからカウシェンブルに行き、傭兵団を率いる準備をしなければなりません。それがあなたの兵です。お金でしたら国庫にあるものをつぎ込んで構いませんわ。否とは、あなた、言えないはずでしてよね」

 何より精霊たちが、言うこと聞いちゃわないと怖いよぉ、と盛んに耳元で鳴くのだ。

 イリは胸に手を当てて敬礼した。

「拝命いたします。――でも、王冠は、ダメだよ」

 駄目出しも、しておいた。

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