よくながれてくるあれ
志馬なにがし
よくながれてくるあれ
「
高校三年の卒業式。
俺はずっと片思いをしていた相手――梓紗に想いを伝えることにした。
「ありがとう、
梓紗はやさしく俺に微笑んだ。
このときの俺は、一瞬、やった、とか思ってしまった。期待してしまった。次の瞬間には、絶望するとも知らず。
微笑んでいた梓紗は、次の瞬間には申し訳なさそうな表情をした。
「だけどね……」
「『人としては好きだけど、友達してしか見たことなかった』ってッ! 人として好きなら、付き合ってくれよなぁッ!」
「おまえ酔うとすぐ梓紗ちゃんの話になるよなwww こんだけ話に出てくるなら会ってみたいわ」
「バカにしてんすか、先輩」
バイト終わりに、チェーンの居酒屋でひと串八十円の焼き鳥をつまみながら先輩と飲んでいると、急に梓紗のことを想い出した。
梓紗にフラれて二年。
俺は地元の大学に進学していた。
大学デビューしようと頑張った。忘れようとした。けど、ときどき発作のように梓紗を思い出すことがある。
「まあ、昔の女なんか忘れようや。帰り、ナンパでもするか」
「……トイレ行ってきます」
先輩のニヤニヤ顔もいい加減ムカついてきて席を立った。薄暗い居酒屋の廊下を進む。
と、トイレ前で体育座りしている女性がいた。
酔っ払ったんだろう。
下手したら、悪い男に捕まるかもな。
かわいそうに。
そんなことを思いながらも、関わらないようにする自分がいる。
そう思っていたんだけど……。
その丸まった女性に見覚えがあった。
「梓紗?」
「あ、たきゅまきゅん」
二年ぶりに会う、梓紗だった。
梓紗も地元の大学に進学したことは知っていた。
だからどこかでばったり会うかもという期待はあった。
しかしそのばったりが起こるまで、二年かかったようだった。
「ほら水」
「……ありがと」
「落ちついた?」
「うん。ほんと助かった」
俺の家。
六畳ひと間のフローリング。
クッションに二人並んで座っていた。
酔った梓紗がどこかの男に持ち帰られる。
想像しただけでも吐き気がした。
だから俺が介抱することにした。
俺なら、絶対へんなことをしない自信がある。
「琢磨くん……見ないうちにかっこよくなったねぇ」
「そんなことないだろ」
「ぜっったい! かっこよくなったよ~!」
まだ酔っているのか、梓紗はとろんとした目で顔を寄せる。
高校時代、あれだけ近づきたくても近づけなかった梓紗の顔が、すぐそこにある。
諦めたつもりだった。
ぐさりと心を刺した
棘がつくった穴を、新しい出会いで埋めようと躍起になっていた。
けど……棘は刺さったままだった。
そう上手くはいかない。
終わったはずの恋が、体を巡り、俺を縛る。
それはまるで、呪い。
梓紗がほしい。
栓をしたはずの感情があふれてくる。
心臓が内側から俺を叩いている。
脳がほてり、鼻息の温度がわかるくらい、熱を帯びていた。
「昔はさ、琢磨くん、部活しか考えていないっていうか、髪の毛とかボサボサだったし、私服も適当だったし。今はちゃんと小綺麗になってる。それに、夕方になったら髭が濃くなっていたけど、今はつるつるじゃん」
最大限、平静を装う。
俺の部屋でふたりきりの状況。
気を抜くと、押し倒してしまいそうだった。
「あー。それ、なにげに俺も気にしていて、思い切って脱毛したんだ」
「女子的には美意識が高いところはポイント高いかな」
「脱毛ってさ、痛いイメージがあるけど、俺が行ったサロンは先端をマイナス196度まで冷やすから全然痛くないんだよ」
「マイナス196!? なんだか缶チューハイみたいだね」
「おかげでちょっと凍傷になったけどね。痛みなんてゼロだったよ」
「あっ、今気づいたけど、腕も足もつるつるじゃん! これも?」
そう言って、梓紗は俺の腕を撫でてきた。
やわらかくて、冷たい梓紗の手のひら。
その手つきは、色っぽく感じた。
「あ、ここまで広範囲だと、さすがに除毛クリームだよ。それが」
俺はガサゴソとひとつのボトルを取り出した。
「この黒いクリーム、ツルピカタンさ!」
「これ?」
「うん! yaPoiランキング『肌にいいと思う除毛クリーム』で3ヶ月連続29位に選ばれた除毛クリームで、まじでおすすめ」
「よくそんな微妙な順位のクリーム買ったね」
「最初は驚いたよ。なんかオール天然成分でビタミンとか魚のすり身とかいろいろ入っているらしくて、もうガムテープでいっきに引っこ抜くよりはぜんぜん肌に負担がないんだ」
「ガムテープ!?」
「前は尻毛とか断然ガムテで尻真っ赤になりながらやっていたんだけど、感動したね、ぜんぜんそんなことない。ちょっと魚臭くなるだけで」
「そりゃ魚のすり身なんか入っていたらって! よく使ってるね。そんなクリーム」
「まるでサウナ上がりみたいに体中真っ赤になって、なんかヌチャヌチャッになるんだ。エステに行ったらこんな感じなのかなーって」
「いやエステはもっといいところだよ」
モテるために必死で集めたセルフメンテギアを紹介していたら息が荒くなってしまった。
すると梓紗が、
「そういえば琢磨くんの息、すごくいい匂いだね。昔はドブみたいなにおいだったけど」
「ドブ? 俺ドブだったの? まあ、けど、そ、それはねッ! このマウスウォッシュ――ニオイゴッソリーを使っているからなんだよ!」
「また出てきたッ!」
「これ、インスラグラマーの全員が使っているマウスウォッシュ液で、むしろ使っていないともぐりとして広告収入を止められるって噂ッ! 通販限定の商品なんだけど、ちょうど余っているからこれあげるよ!」
「すごい! なんか使ったら茶色い汚れがごっそり出てきた!」
「それは口の中のバイキソマソが」
「バイキソマソッ? これ、バイキソマソなの!?」
「バイキソマソをアソパソチで息もきれいになるし、歯も白くなるし、肌もワントーン上がるし、肌荒れもなくなるし、背は伸びるし、そんな気持ちになれるからお値段以上の価値があるんだ!」
ぴたりと梓紗がなにかに気づいた表情をした
「こんなにいろいろ買ったら、琢磨くん、お金がかかるんじゃないの?」
「俺は琢磨二〇歳大学生。毎日時給千円のバイトで金も貯まらず、好きなことも我慢する日々。そんなとき、先輩から紹介された副収入で人生大逆転ッ!」
「なんか始まった――――――――ッ!」
「一日八時間スマホをタップするだけで副収入四万円も夢ではないッ!」
「それバイトより働いているからね」
「寝る間も惜しんで、ひたすら個人情報の入力と契約書に同意していけばどんどんお金になるよッ!」
「あ、私、お酒も抜けたみたい。そろそろ帰るね」
「ちょ、ちょっと待ってッ! 最後にAmazanギフト券一万円分をプレゼントもあるし、この広告はあなたに一度しか表示しないんだよッ!」
「ついに広告って言った――――――ッ!」
「それは、このお得な情報をより多くの人に届けるためにね!」
「わわわ、私帰るからッ!」
梓紗が玄関に向かう。
梓紗とこんな時間を作れるのも最後になるかもしれない。
「梓紗ッ!」
俺は気づけば呼び止めていた。
そして……、
「梓紗! フラれてからも、ずっとずっと好きだった! お、俺とッ! つ、付き合ってください!」
ずっとずっと諦めきれなかった想いを伝えた。
すると、梓紗はやさしく俺に微笑んだ。微笑んでくれた。
やった、これは付き合える流れか?
そう思った瞬間、梓紗はゴミを見るような表情をする。
「無理ッ!」
なぜッ!
~fin~
よくながれてくるあれ 志馬なにがし @shimananigashi
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