イマジン・セックス

谷田さんがリンダリンダを歌い終わり、僕は無意識に拍手していた。

「谷田さんめっちゃ歌上手いですね」

谷田さんは照れたように笑うと、

「いやぁ恥ずかしながら魔法を使ってしまいまして。僕が自分のためにかけた唯一の魔法です」

と言った。確かに谷田さんの歌は上手かった。上手かったけど。

「魔法かけたにしては......って思ってますか?」

「いや、そんなことは......」

「良いんです良いんです。僕の魔法は少し弱い、というか中途半端なんです。だからこそ魔法で人の願いを叶え続けて、修行をしたいと思っていたんですよね......」

「すみません、なんか魔法じゃない形で手伝わせるみたいになっちゃって」

「いやいや、全然チャンスがあれば使うつもりですよ」

 やめてほしい。この人さっき時間止めるとか透明にするとか言ってたし、使う魔法にあんまり信用できないんだよな。

「そうだ、試しにちょっとしたのやってみましょうか?」

「えぇ、いや、いいです。なんか変なことになったら嫌なんで」

「いや!そんなことにはならないです!すぐ解除できますし、ちょっと田中さんの世界の見え方を変えるだけです」

 僕はそれでもなお断ろうしたが、谷田さんは勝手に何やら詠唱しはじめた。

「ちょっと何勝手に始めてるんですか」

 谷田さんの唱える呪文?は僕には意味をなさない言葉の羅列にしか聞こえない。心なしか、少しだけドイツ語に似ている。

「ハッ!!」

 谷田さんはかめはめ波を打つように僕に向かって両手の平を広げた。その瞬間、僕の視界は一瞬パッと明るくなって、また元の明るさに戻った。

「どうですか?」

「なんか、明るくなった......」

「私の頭をよく見てください」

「頭......?」

 禿げ上がった額が輝いている。そして、その上に「0」という赤い数字が浮かび上がっていた。

「え、何これ怖い怖い怖い」

 動揺して辺りを見渡すと、カラオケの黒く光るドアに自分の顔が映っている。そしてそこには、谷田さんと同じように「0」という赤い数字が浮かんでいた。いや、おい。これ、もしやとは思うがまさか。

「谷田さん、これ」

「そうです、その数字は今までにセックスした回数です!」

「やっぱり!」

 どうしてこのオッサンは頑なにエロ漫画みたいな魔法しか使おうとしないのか。無性生殖だけど、性欲はめちゃくちゃに持て余しているのか?

「試しにちょっと外に出てくると良いですよ。いろんな人の回数が見れますよ」

 谷田さんが楽しそうに言った。

「そんなに興味ないけど、ちょっと行ってみようかな」

 嘘だ。本当はかなり興味がある。僕はあくまで平静を装い、自分たちの部屋を出た。



「田中さんお帰りなさい。どうでした?」

「マジで先に言えよ」

 僕はかなりゲンナリして帰ってきた。楽しい気持ちになるどころかむしろ落ち込んだくらいだ。谷田さんの魔法は、なぜか男性の経験回数しか表示されなかったのだ。

「何がですか?」

「いや男の経験回数しか見れなかったんだよ。更に自信喪失したわ。」

「あぁ、すみません。こういうところが僕の魔法の中途半端なところなんですよ」

 谷田さんは少し目を伏せて、小さく笑った。なんだか申し訳ない気持ちになり、冗談でも言って笑わせようと僕は思う。

「いや、こういうのって、大体大人しそうな女の子が数エグくて、遊んでそうな子が意外と0とかで意外性に興奮するやつじゃないですか。」

「えぇ!?なんですかそれ!気持ち悪いですよ!」

 谷田さんは目を剥いて驚いた。エロ漫画みたいな能力を授けてきたのはこいつなのに、なんでこんな反応されなくちゃいけないんだ。

「いや、じゃあ谷田さんはこれで何を楽しんでるんですか」

「童貞っぽい人って、8割くらいの人が案の定0で面白いじゃないですか」

「言っときますけど、そっちが少数派ですからね」

 谷田さんは怪訝な顔で僕を見ている。なぜ怪訝な顔ができるのか分からない。「じゃあもう解除しますね」と谷田さんはため息混じりに言うと、僕の額の前で手を開き、そして閉じた。すると、一瞬僕の視界が暗くなり、また元に戻った。かけられた魔法が魔法だったのですっかり忘れていたが、本当に魔法が使える人が目の前にいるという驚きがジワジワと押し寄せてきた。

「やばいですね......谷田さん......」

「大したことはありませんがね。ところで、田中さんどうでした?たくさんの男性の経験した回数を見てきたと思いますが」

 僕は答えに詰まった。僕がまさに自信喪失した理由はそこにあった。

「なんか、正直意外っていうか......。大人しそうというか地味なやつでもめちゃくちゃ多かったり、チャラい感じなのに0だったり」

 そこまで言って、さっき僕が言った女の子の回数がどうこうみたいな話とほぼ同じだなと思ったけど、一旦それは胸の奥にしまった。

「その通りです田中さん。あまり見た目やステータスは関係ないんです。大事なのはセックスをイメージできているか、そして田中さんの何よりの課題である余裕があるかですね。大まかにはここです」

 僕は、なるほど、と聞き入っていたが谷田さんが禿げた頭をポリポリとかくのを見て我に帰った。何を感心しているんだ、この人も普通に童貞のおじさんだぞ。

「イメージって正直分からないです。」

「それでは聞きますが田中さん。もしマッチングアプリで実際に人と会えたとして、そこからどうやってゴールまでいきますか?想像してください。イマジン・セックスです」

「谷田さん、こんなことを僕も言いたくないんですけど、ちょっとカッコつけていますよね?」

 谷田さん、「いやあ、はは」と言ってデンモクをいじりはじめた。やはりカッコつけていたらしい。

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マッチングアプリには魔術師が潜んでいる 青い絆創膏 @aoi_reg

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