第34話 楽しいデート!



『貴女は、いつまで経っても子供ね』



 どこかの誰かの、呆れたようなその言葉。それが今も、黄葉の胸に深く深く突き刺さっていた。



 ◇



 なずなにデートがしたいと言った、数日後の土曜日。雲1つない快晴の下、黄葉は1人駅前でなずなが来るのを待っていた。


「……やっぱ、変だよな」


 そう呟き、スマホのカメラで髪型を確認する。自分では取り立てておかしなところはないと思うが、それでもどうしても不安になってしまう。だから黄葉は何度も何度も確認し、その度に大きなため息をこぼす。


「それに服も、普段はこんなひらひらしたの着ないし。……絶対へんだよ」


 少し前。母親の真白にプレゼントしてもらった、シックな雰囲気のブラウスとロングスカート。


『黄葉も偶には、こういう可愛い服を着て街を歩いてみるといいよ。それだけで、凄く楽しいからさ』


 その言葉を聞いた時は、余計なお世話だと思った。そもそもこういう動き難い格好は、黄葉の好みではない。


「でも他に、デートに来て行ける服とかないし。帰って来たらお母さんに、ちゃんとお礼言わないと。……絶対に、似合ってないけど」


 カフェの窓ガラスに反射した自分の姿を見て、黄葉はまた大きく息を吐く。


「いや、弱気になってちゃダメだ。せっかく師匠が、付き合ってくれるんだもん。それに……」


 それに黄葉には、確かめたいことがあった。赤音がなずなを追い出した時からずっと感じている、胸の痛み。その原因をはっきりさせないと、いつまで経っても前に進めない。


 ……黄葉にその自覚はないが、このままだと魔法が使えなくなってしまうくらい、黄葉の心は追い詰められていた。


「頑張らないと」


 痛みを耐えるようにぎゅっと手を握り締め、なずなが来るのを待ち続ける。


「早いな、黄葉」


 するとようやくそんな声が響いて、なずなが姿を現す。


「遅いよ、師匠。デートなんだから、女の子を待たせちゃダメだろ?」


「まだ30分前……いや、そうだな。悪い。……でも同じ家に住んでるんだから、待ち合わせする必要あるか?」


「あるの!」


「怒るなよ、悪かったって。今日は昼飯、奢ってやるから」


 なずなはそう言って、軽く笑う。……けれど黄葉には、そんな風に笑う余裕なんてなかった。


「…………」


 凄く凄く、不安だった。早くなにか言って欲しくて、仕方なかった。だって服も髪も、いつもと全然違う。赤音や青波に教えてもらいながら、軽く化粧もしてみた。



 だからどうしても、気づいて欲しかった。



 別に、変だって笑われるのはいい。似合ってないと言われても、構わない。でも、なにも言ってくれないのは嫌だった。こんなに頑張ったんだから、気づいてもらえないのだけは、絶対に絶対に……嫌だった。


「なあ、黄葉」


「……なに?」


「今日のその格好、似合ってるな。髪型とかもいつもと違うし、なんかちょっと……大人っぽい」


「……! ほ、ほんとに? ほんとにこれ、わたしに似合ってる? 大人っぽい?」


「ああ。そんなことで、嘘はつかねーよ。ちゃんと似合ってる。……可愛いよ」


 少しだけ照れたように、それでも真っ直ぐに黄葉を見つめて、なずなはそう言ってくれた。それだけで黄葉の胸は、温かな喜びに満たされる。


「えへへ、そっか。……師匠も、その……今日のその格好、かっこいいぜ? なんか、王子様みたい」


「なんだよ、王子様って」


 そこで2人で笑う。さっきまで鉛のように重かった心が、すっと軽くなる。そして代わりに、心臓がドキドキと高鳴る。


「それで、今日はどうするんだ? 一応、デートプランとか考えて来たんだけど、黄葉はどっか行きたい所とかあるか?」


「あ、うん! 実はわたし、映画観たいんだ。……ほら、これ。今ちょっと話題になってるやつ」


 黄葉はスマホ取り出して、映画のpvをなずなに見せる。


「どれどれ」


「……っ」


 近づいて来たなずなの肩が、黄葉の肩に軽く触れる。それだけのことで、黄葉の頬が赤くなる。前はこれくらいじゃ緊張しなかったのに、どうしてか今日はそんなことが気になってしまう。


「……恋愛ものか」


 そんな黄葉の心境に気がつくことなく、なずなはぽつりとそう呟く。


「……もしかして師匠、こういうのあんまり好きじゃないのか?」


「いや、俺は基本的に映画ならなんでも好きだよ。……でもあんまり、観るジャンルじゃないな」


「ふふっ。実はわたしも、あんまりこういうの観ないんだ。……でも、約束してただろ? 屋上で赤音ちゃんに、蝉の抜け殻を浴びせかけた時。一緒に少女漫画、読もうって」


「ああ、そっか。これ、原作が少女漫画なのか」


「うん。だから一緒に観たいなって。……いいだろ?」


 伺うような黄葉の瞳に、なずなは軽く笑って頷きを返す。


「もちろん、構わねーよ。……それじゃ、行くか」


「うん! デートの始まりだ!」


 2人並んで、歩き出す。……けれど2、3歩あるいたところで、黄葉の手のひらに温かなものが触れる。それで黄葉は、驚いたように足を止める。


「な、なにすんだ! 師匠!」


「あー、いや。デートだから手を繋いだ方がいいかなって思ったんだけど、もしかして嫌か?」


「……嫌じゃないけど、やるならやるって言ってくれないと、びっくりするだろ?」


「そうなのか。ネットにはさりげなくした方がかっこいいって書いてあったけど、あれは嘘なのか」


 そう言って、なずなは手を離そうとする。


「……あ」


 だから黄葉は慌てて、その手を握る。


「別に、離す必要はない! ……なんたって今日は、デートだからな! 手を繋ぐのなんか、普通だ!」


「そっか。なら、このまま行こう」


 そうしてまた、歩き出す。ただ手を繋いでいるだけなのに、黄葉の心臓は壊れるくらい強く高鳴る。


「…………」


 ちらりと、隣を歩くなずなの様子を伺う。……なずなは特に、動揺している様子はない。普段と変わらない様子で、楽しそうに映画のことを話している。



 それがなんだか、気に入らなかった。



「……いや、当然か」


「なんだ? どうかしたのか?」


「ううん。なんでもない」


 なずなの手をぎゅっと握って、歩くペースを上げる。


 なずなは毎晩、姉妹の誰かと一緒に寝ている。ならきっと身体と身体が密着して、胸なんかも関係なく触れているのだろう。それなのに今さら手を繋いだ程度で、動揺する筈がない。そんなの、当然だ。


「…………」


 ……そしてきっと他の姉妹のみんなも、手を繋いだ程度で動揺したりはしないのだろう。



 なのに自分は、それくらいで顔が真っ赤になる。恥ずかしくて恥ずかしくて、逃げ出したくなってしまう。……やっぱり自分だけ、子供のまま。あの頃からなにも、変わっていない。


「映画、楽しみだな」


 なずなが、笑う。


「うん。途中で寝たりするなよ? 師匠」


 だから黄葉も、笑う。



 なずなはまだ、なににも気がついていない。



 どうして黄葉が、なずなを避けていたのか。黄葉の言った『付き合って欲しい』というのは、どういう意味なのか。そしてこのデートで、黄葉がなにをするつもりなのか。



 なずなはなににも、気がついていない。



「…………」


 そして同じように、黄葉もまた気がついていない。なずながこの日の為に、なにを準備して来たのか。どれだけ黄葉のことを、考えてきたのか。黄葉はなににも、気がついていない。


「あ、そうだ。……なあ、師匠。デートが終わったらさ、1個だけ頼みたいことがあるんだけど……いいか?」


「奇遇だな。実は俺も、最後に言おうと思ってたことがあるんだ」


「……そっか。じゃあ、楽しみにしとく」


「お互いにな」


 2人して、笑い合う。



 そうして、楽しい楽しいデートが始まった。


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