第7話 作戦がある!



「遊びに来たぜー、師匠」


 黄葉と水切りをした同日の夜。風呂上がりだろう黄葉が、バスタオルで髪の毛を拭きながら、俺の部屋に入ってくる。


「って、あれ? 紫恵美ねえがいる。なにしてんの? 夜這い?」


「違うよ。夜這いにはまだ早いだろ? じゃなくてボクは、こうしてなずくんと一緒にゲームする為に来たの。……ボクの部屋に入れると、赤音ちゃんがうるさいからね」


 先にゲーム機を持って俺の部屋にやって来ていた紫恵美姉さんが、ゲームをやりながらそう言葉を返す。


「わざわざゲーム機を持って、師匠の部屋にねぇ。紫恵美ねえは相変わらず、ゲーム好きだよな」


「まあね。……久しぶりに、黄葉もやるかい?」


「いいよ、わたしは。熱中し過ぎると、コントローラー壊しちゃうし」


「……はぁ。やっぱ妹はダメだね。時代はもう、弟。ゾンビ系弟を愛でながらゲームするのが、時代の最先端!」


「いいや、師匠はこれからわたしと遊ぶんだ。今日の水切りで会得したサイドスローで、一緒にキャッチボールすんの」


 2人はわちゃわちゃと、言い合いを始めてしまう。でも俺はそんな2人に構うことなく、目の前のゲームに集中し続ける。


「…………」


 ……が、やはり1つ大きな問題があった。


「勝てねぇ! もう30戦近くやってるのに、一向に勝てねぇ! もうダメだ、このゲームは!」


 紫恵美姉さんは対戦ゲームだと一切手を抜かないから、初心者じゃどう足掻いても勝てない。さっきからずっと1ダメージも与えられずボコボコにされ続けて、流石の俺も我慢の限界だった。


「ふっふっふっ! ボクがどれだけ、このゲームをやり込んだと思っているのさ? 君らがせっせと学校に行ってる間、ボクだって遊んでいたわけじゃないのさ」


「くそっ、努力の人め。もう辞めだ。集中し過ぎて、頭が痛くなってきた」


 ゲームのコントローラを置いて、ベッドの上に倒れ込む。紫恵美姉さんはそんな俺の姿を眺めながら、楽しそうにニヤニヤと笑う。


「お。ちょうどゲーム終わったな。じゃあ師匠は、借りてくぜ?」


 そして黄葉は、そんな俺を片手で軽々と持ち上げて歩き出す。……こいつほんと、中に化け物でも入ってるんじゃないか。


「あ、なに勝手なこと言ってんだよ、黄葉。なずくんはボクと一緒に遊ぶって、約束してるの。この可愛いゾンビはボクのにするってもう決めたんだから、黄葉は1人で走って来なよ」


「やだね。師匠はわたしと一緒に遊ぶ為に、この星に生まれ落ちたんだ。紫恵美ねぇは、引っ込んでろ」


 2人はばちばちと、火花を散らす。


「…………」


 紫恵美姉さんとは、カップラーメンをあげて一緒にゲームをしただけだ。そして黄葉とは、追いかけっこして水切りをしただけだ。なのに2人とも、なんかすげー俺のことを気に入っていて、ちょっと怖い。


 ……まあ状況が状況だから、それはありがたいことなんだけど。


「なあ、2人とも。盛り上がってるとこ悪いけど、1つ頼みたいことがあるんだけど、構わないか?」


 ふと思いついたことがあったので、2人にそう尋ねる。


「なに? ボクにゲームで勝ちたいなら、修行するしかないよ?」


「わたしに喧嘩で勝ちたくても、修行するしかねーな」


「いや、そうじゃなくて。柊六姉妹と仲良くなる方法を、教えて欲しいんだよ」


 俺のその言葉が意外だったのか、2人は驚いたように顔を見合わせる。


「つーか、黄葉。いい加減、下ろしてくれ。いつまでも持ち上げられてると、こえーよ」


「あ、悪い」


 そこでようやく、ベッドに下ろしてもらう。


「にしても、師匠。どうして急にまた、わたしたちと仲良くなろうだなんて言い出したんだ? 言っちゃ悪いが、そりゃ難易度高いぜ?」


「そうそう。ボクと黄葉と緑は友好的だけど、他の3人はそう簡単にはいかないよ?」


「だからこそ2人に……って、あれ? 橙華さんはかなり人当たりがいい方だと思ってたんだけど、違うのか?」


「……あー。橙華ねぇは、ちょっと色々あんだよ。あの人はああ見えて、人見知りってわけでもないけど……問題があるんだよ。だから仲良くなるって言うなら、1番難しいかもだぜ?」


 あのふわふわしていていつも笑っている橙華さんにも、なにやら秘密があるらしい。


「そうそう。だからまあ、みんなと仲良くなるのは辞めといた方がいいと思うよ?」


「2人がそこまで言うなら、よっぽどの理由があるんだろうな。……けど俺には、どうしてもみんなと仲良くならなければならない理由があるんだよ」


 そこで2人に、真白さんから言われたこの家に住む為の条件と、柊 赤音が言い出した期限の話を伝える。


「……あー。そういや赤音ちゃん、そんなこと言ってたなー。でもお母さんが帰ってくるまでとなると、もう1ヶ月もねぇぜ? お母さん確か、6月になったら帰ってくるって言ってたし」


「うん。遅くとも6月4日には一度帰ってくるって、言ってた」


「……今日って確か、5月12日だよな」


「ああ。だからあと23日しかねぇ。そんだけの間で、赤音ちゃんたちと仲良くなるのは無理だな。バイバイ、師匠。貴方との日々は、幸せでした」


「勝手に終わらせんな。……つーか、だから2人に頼みたいんだよ。どうやったら、他のみんなと仲良くなれのるか。なんでもするから、それを教えてくれないか?」


 特に柊 赤音と仲良くなるには、どう考えてもこのままじゃダメだ。彼女との仲を縮める為には、長年一緒の2人の意見が必要だ。


「分かった。じゃあボクは、協力するよ。こんな可愛いゾンビ弟を手放すのは、惜しいからね」


「あ、ずりぃ。じゃあ、わたしも! わたしも手伝ってやるよ! 師匠はなんだかんだで、面白い奴だしな」


 2人はそう言って、同じような顔で笑う。……似ていない姉妹だと思っていたけど、笑顔はとてもそっくりだった。


「じゃあまずは、柊 赤音について聞かせてもらえるか? なんだかんだであいつが1番、強敵そうだからな」


「そうだな。緑は無口に見えて、誰とでも仲良くなれる奴だし、橙華ねぇは問題あり。んで青波ねぇは帰ってこないとなると、赤音ちゃんから攻めるのが最適だな」


 黄葉そう言って、俺のベッドに寝転がる。そしてそのままぴょんぴょんと跳ねながら、楽しそうに言葉を続ける。


「となると……あれ? 赤音ちゃんと仲良くなるには、なにすりゃいいんだ? 赤音ちゃんはあんな性格だから、友達も少ないしなぁ」


「赤音ちゃんは気が強いけど、人見知りだからね。それに誰より責任感が強いから、ま──」


「ストップ、紫恵美ねぇ。流石に師匠の前でその話をするのは、まずいだろ? それはわたしたちだけの問題じゃなくて、姉妹みんなの問題なんだから」


「……そうだった。ごめん、なずくん。今の言葉は忘れて」


 そこで2人の間に、微妙な空気が広がる。


「…………」


 俺はそんな2人に、なんの声もかけない。今までの経験から、こういう時は黙っておいた方がいいと学んでいる。


「それで話を戻すけど、どうすれば赤音ちゃんと仲良くなれるのか。……そもそもボクは引きこもりだから、人と仲良くなる方法なんて分からないんだよね」


「やっぱダメだな、紫恵美ねぇは」


「うるさいなー。そういう黄葉の方こそ、なんかアイディアあるの?」


「ふっふっふっー! 実は1個だけ、心当たりがあるんだよ。あの鉄面皮の赤音ちゃんを真っ赤にさせる、最強な作戦が!」


 黄葉は自信満々な表情で、ニヤリと笑う。


「最強な作戦って、なんだよ。聞かせろよ」


 だから俺は少しだけ期待しながら、そう言葉を返す。すると黄葉はベッドから飛び降り、控えめな胸をえへんと張ってその言葉を口にした。



「名づけて、少女漫画大作戦だ!」



 そうして夜は、ゆっくりと深まっていく。


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