第6話 勝負だ!
そして、授業が終わって放課後。少し寄り道してから帰ろうかな。なんて考えながら歩いていると、ふと声をかけられる。
「よう。今帰りか? 随分とゆっくりしてるじゃねーか。なあ、弟くんよ」
「おま……いや、貴女は確か……」
「そう! わたしは柊六姉妹が、五女! デストロイヤー
その少女──黄葉さんはなにがおかしいのか、1人でゲラゲラと笑う。
「…………」
派手な金髪に、自信満々な態度。どこからどう見ても、普段は関わらないようなタイプの人間だ。……けど、そんな彼女とも仲良くならなければならない理由が、今の俺にはある。
「それで、黄葉……さんは、俺になんの用なの?」
綺麗な金色の瞳を見つめながら、そう尋ねる。
「そんなの決まってるじゃねーか! お前がどれほどの人間なのか。わたしたちの家族になるに相応しい人間なのか。それを、確かめに来たのさ!」
黄葉さんはそう言い切る前に、どうしてか拳を振り上げる。
「ちょっ!」
凄い速さで迫りくる拳を、なんとかかわす。……なんだ? どうして今、殴られた?
「ほう。やるじゃねぇか。加減したとはいえ、わたしの拳をかわすなんて」
「そりゃどーも。じゃなくて、なんでいきなり殴りかかってくるんだよ! 野蛮人か? 頭、ぶっ飛んでるんじゃねーの」
「正解。わたしは、ぶっ飛んだ野蛮人なのさ!」
正解した。全然嬉しくない。
「わたしはいつも、家族に危害を加えそうな奴をこの拳で確かめてきた。無論、今までわたしに勝てた人間は誰一人としていない」
「たぶん、俺も勝てないよ?」
俺も一応、そこそこ鍛えてきたつもりだ。けどなんていうか、この子の動きはそういう次元じゃない。
「男なら、勝てなくても勝ってみせろ!」
「ちょっ、話を──」
「問答無用!」
問題無用なんて言葉、現実で聞くことになるとは思わなかった。……じゃなくて、なんでこんなことになってんだよ!
「……とっ! 危ねぇ!」
迫りくる拳をかわしながら、走って逃げる。黄葉さんはそんな俺を、獲物を追う狩人のように一定の距離から攻撃してくる。
「おらっ! これがわたしの3%だ!」
そんなわけの分からない叫びとともに繰り出されたパンチを、必死になってかかわす。
「……は?」
すると、コンクリートの壁が砕けた。こんなんで殴られたら、死ぬ。死んでしまう。なに者なんだよ、こいつ。怪物じゃねーか!
「あ、やばい。壊しちゃった。また赤音ちゃんに、怒られる」
「そういう問題じゃねーよ」
「問答無用!」
「問答なんてしてないだろっ!」
またかわす。かわしたあとはもう振り返らず、全速力で走る。こんなのに構っていたら、身体がいくつあっても足りない。
「はぁ……はぁ……」
そうやって走り続けて、少し離れた河川敷までやってきた。が、そこでもう俺の体力は限界だった。
「もう……むり……」
そのまま地面に倒れ込む。
「へっへっへー。追い詰めたぜー!」
俺は息も絶え絶えで喋ることすらままならないのに、黄葉さんは息一つ切らしてない。体力には自信があったのに、この女……化け物だ。
「……はぁ、はぁ。……もう、限界。もう俺の負けでいいから、殴るのはやめてくれ」
「ダメだ。殴れなきゃ、なんの為にここまで追って来たのか分からねーだろ?」
「でも殴ると、俺死ぬぜ? 俺が死んだら、お前警察に捕まる。そうなると、家族はみんな悲しむぜ?」
「……それは、困る」
「だろ? だからこの辺にしとけよ。もう十分、お前の怖さは伝わったから」
「…………」
黄葉さんは腕を組んで、うーむと頭を悩ませる。俺はその間に呼吸を整えて、作戦を考える。
どうすればこいつから、逃げられるのか。……そしてどうすればこいつと、仲良くなれるのか。
それを必死になって、考える。
「決めた! やっぱ殴る! ここまで追いかけたのになにもしないのは、やっぱり損だからな!」
「いやいやいや! 損とか得とか、そういう話じゃねーんだよ! ……というかほら、別に戦わなくても勝負はできるだろ?」
「戦わなくても、勝負? ……難しいことを言うな! わたしは頭がわりーんだ!」
「知らねーよ。……じゃなくて、ほら。えーっと……」
辺りを見渡して、なにかいいものはないかと思案する。そしてふと、名案が思い浮かぶ。
「水切りしよう。水切り。ちょうど目の前に、川があるし」
「……水切り? なんだよ、それ。そんなちんけなもんで勝ったところで、わたしは──」
「逃げんの?」
「は? この柊 黄葉が、勝負事から逃げるわけねーだろ! 分かった。やってやんよ! ……見てろよ? 吠えずらかかせてやるからな!」
扱いやすくて、助かるな。なんて思う暇もなく、黄葉さんはどこかへと走り去って行く。
「ほんと、なんなんだ? あいつ」
なんて呟きながら、とりあえず使えそうな石を探す。水切りは、石探しが8割だ。いい石を見つけられなければ、その時点で負けは確定する。だから俺は辺りを見渡し、使えそうな石を──。
そこてふと、ずしんずしんとまるで地響きのような音が背後から響く。
「…………」
恐る恐る、背後に視線を向ける。するとそこには、石……というより巨大な岩を持った1人の少女の姿があった。
「……お前、そんなのどっから拾ってきたんだよ」
「山」
「……いや、そうじゃなくて。そんなん投げたら、お前……」
「ふっははははは! どうやら、怖気付いたようだな。しかし、柊 黄葉は勝負事では手は抜かん。くらえ! 必殺! 黄葉クラッシュ!」
黄葉さんはそう叫び、そのまま1メートル近い巨岩を川へと放り投げてしまう。その巨岩はどばーんと水を跳ね上げて、ゆっくりと川へと沈んでいく。
「…………」
俺はそんな光景を、唖然と見つめる。
「あっはははっ! どうだ! 参ったか!」
「……0回だな」
「え? なんだよ、それ」
「なんだよそれは、俺の台詞だ! お前、水切りがなんなのか知らねーだろ!」
「……ば、馬鹿にすんな! 川に石を投げるあれだろ? それくらい、知ってる!」
「いや違う。お前のはそれ、断じて水切りではない。……本当の水切りっていうのは、こういうもんだっと」
そう言って、見つけていた石を対岸に向かって投げる。するとそれは、しゅぱぱぱぱっと水面を跳ねて対岸へと辿りつく。
「ざっと10回は跳ねたな。つまり俺の──」
勝ちだ。
そう言い切る前に、黄葉さんは凄い力で俺の肩を掴む。
……しまった。ここで勝つのは怒らせるだけだったか?
そんな風に思った直後、黄葉さんは耳をつんざくような大声でその言葉を口にした。
「すげー! すげーすげー、すげーよ! 今のどうやったんだ? 石が水の上、跳ねたじゃねーか。あれってもしかして、魔法か? お前も魔法とか、使えたりすんの?」
「いや、なに言ってんだよ。魔法なんて、使えるわけねーだろ? ……というかあれくらい、コツを掴めれば誰でも……」
「なら、教えてくれ! 頼む! この通りだ!」
土下座される。一体なにが、こいつをここまで駆り立てるのだろう? ……ちょっと怖い。
「……まあ、教えるくらいいいけどな」
「やったぁ! ありがとう! お前いい奴だな、見直した!」
「いやお前、本当にそれでいいのかよ……」
思わず、肩から力が抜けてしまう。
「……? なにかダメなことがあるのか?」
「あー、いやない。それよりまずは、石選びだな。できるだけ丸くて、跳ねやすそうなのを選んでくれ」
「分かった。また取ってくんな!」
「待て待て待て! どうしてお前はそう、でかいものを取ってこようとするんだ! ……ほら、この石やるから投げてみろ」
「おらっ!」
「バカ! お前は俺の、なにを見てたんだ。んな勢いよく投げたら、あぶねーだろ! つーか、川にすら入ってないんだよ! 投げ方は、こう。横投げ」
「……うーむ。むずい! つーかお前、なんでそんな上手いんだ? 達人か?」
「ちげーよ。これは……あれだよ。小学生の頃は、学校にも家にも居場所がなかったから、こうしてよく水切してたんだよ」
「……悲しい技なんだな」
「うるせぇ! いいから、続きをやるぞ!」
なんて風に大声を出しながら、空が赤くなるまで水切りのコツを伝授してやる。
「俺が教えられることは、全て教えた。やってみろ、黄葉」
「オッス! 師匠! 見ていて下さい。……せりゃっ!」
いつの間にか弟子になっていた黄葉は、最初の頃からすれば考えられないくらい綺麗なフォームで、石を投げる。
「……お。いい感じ」
黄葉が投げた石は綺麗に水を跳ねて、対岸へとたどりつく。
「やったぁ! 師匠! わたしついに、やったよ!」
「うむ。これにて、免許皆伝だ」
「ありがとうございました! 師匠!」
ビシッと頭を下げれる。……どういう関係だよ、俺たち。
「あー、楽しかった! 満足満足! ……じゃあ、そろそろ帰ろーぜ? 師匠。わたし、腹減った」
黄葉は当たり前のようにそう言って、俺の手を引いて歩き出す。
「────」
俺はそんな黄葉の態度に驚いてしまって、大きく目を見開く。
「なんだよ、師匠。そんな驚いた顔して。わたし、変なこと言ったか?」
「いや、そうじゃなくて……。俺も一緒に、帰っていいのか?」
「当たり前だろ? それより、また一緒に遊ぼーな!」
「…………」
なんか色々と忘れている気がするが、余計なことを言うと藪蛇なので、なにも言わない。
……いや、本当はただ嬉しかった。『一緒に帰ろう』なんて誰かに言ってもらえたのは初めてで、少しだけ泣きそうになってしまう。
そうして俺は、黄葉と一緒に家に帰る。色々あったが、今日はとても楽しい1日だった。
「やり過ぎよ、バカ!」
家に帰ると、黄葉はどうしてか柊 赤音に怒られていたが、それは俺には関係のない話だ。
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