第4話 ゾンビです!



 ふと、目を覚ました。


「……今、なん時だ?」


 スマホで時間を確認すると、今はもう深夜の1時過ぎ。いつの間にか、眠っていたようだ。


「腹、減ったな」


 そういえば、昼からなにも食べてないな。そのことに気がつくと、空腹を訴えるようにグーっと腹が鳴る。


「ここに来る前に、カップラーメン買ってたよな」


 ふかふかのベッドから起き上がり、机の上に置きっぱなしのビニール袋を漁る。するそこには深夜の強い味方である、カップラーメンがあった。


「やっぱ、シーフードだよな」


 それを持って、部屋を出る。もう深夜だから部屋の電気は消えていて、誰かが起きている気配はない。この時間なら、柊 赤音に絡まれる心配もないだろう。


「……でもこのままだと、絶対に仲良くなれないよな。なにか作戦を考えないと、すぐに──」



「ふやっ⁈」



 慣れない手つきでキッチンの電気をつけると、寝ている猫を踏んでしまったような声が響く。


「違うんだよ、橙華姉さん! ボクは別に、姉さんに黙って深夜にご飯を食べようだなんて……って、誰?」


 長い髪の眠たそうな目をした少女が、驚いたような顔でこっちを見る。


「聞いて……ないかもしれないけど、俺は今日からこの家に住むことになった、灰宮 なずなです」


「ああ。君が緑が言ってた、新しい弟くんか。……ふーん。なんか……って、それは⁉︎」


 少女はさっきよりもずっと驚いた顔で、俺の肩を掴む。


「え? なに? ごめん、なんかした?」


「なんかじゃないよ! どうして君が、それを持っているんだよ!」


「それって、いやこれただのカップラーメンだけど……」


「それが一大事なのさ!」


 少女は長い髪を揺らして、真剣な表情で俺を見る。


「橙華姉さんは凄く料理が上手いけど、健康にうるさいからこういうのは食べさせてくれないんだ! この前も黄葉に頼んで買って来てもらったのに、いつの間にか盗られてたんだ!」


「……そうなんだ」


 少女の剣幕があまりに凄くて、俺はそれしか言えない。


「いいなぁ。……いいなぁ。お腹が減った深夜にカップラーメン。いいなぁ。……いいなぁ」


「なら、あげようか?」


「……いいの?」


「別に構わないよ。俺は一時期、こればっかり食べてたしな」


 少女の小さな手に、カップラーメンを置いてやる。すると少女はまるで宝石でも見るかのように、キラキラと目を輝かせる。


「ありがとう! 君、いい奴だね!」


 そして感極まったというように、そのまま俺に抱きつく。


「…………」


 少女の大きな胸が、俺の身体に押しつけられる。それに風呂に入りたてなのか、シャンプーのいい香りが漂ってきて、少しドキドキしてしまう。


「おっと、早くをお湯を沸かさないと。橙華姉さんは勘が鋭いから、起きてきちゃうかもしれない」


 少女は凄い早さで俺から離れて、テキパキとお湯を沸かす。


「……って、俺が食うもんねぇじゃん」


 冷蔵庫には色々と食材があるようだけど、勝手に使うとまた柊 赤音に文句を言われるかもしれない。……なら今日はもう諦めて、さっさと寝てしまおうか。


 そんなことを考えていると、少女は当たり前のようにその言葉を口にした。


「さ、早く行こ?」


「行くって、どこに?」


「決まってるだろ? ボクの部屋」


 少女はニコニコと笑いながら、カップラーメンを持って歩き出す。


「…………」


 けど俺はそこで、柊 赤音の言葉を思い出す。



『私たちの部屋に入ったら、その時点で出て行ってもらうから』



 柊 赤音の性格からして、その言葉は脅しではないだろう。ならここで軽率な行動をとるのは、どう考えても危険だ。


「……? なにぼーっとしてるのさ。あんまりのんびりしてると、本当に橙華姉さんが起きてきちゃうよ?」


 でも俺の目的は、この姉妹と仲良くなることだ。ならここで逃げていても、始まらない。


「そうだな。じゃあちょっと、お邪魔させてもらおうかな」


 だから俺はそう答えて、少女の背に続く。


「ささ。入って入って」


「お邪魔しま……って、凄い部屋だな」


 少女の部屋には大きなモニターがいくつもあって、俺の部屋と作りは同じ筈なのに少し圧迫感がある。……いや実際、壁際にある大量のゲームが場所を塞いでいて、少し狭い。


「えへへ。凄いでしょ? ボク、ゲーム大好きなんだ。気になるのがあるなら、やってもいいよ?」


「……そう言われても、やり方とか分からんし」


「へぇ、今時珍しいね。……あ、もしかして君も、ゲームとか嫌いなの? うちの姉妹もみんな──」


「喋ってるとこ悪いけど、もう3分経ってると思うぜ?」


「あ、そうだった。じゃあ、頂きまーす!」


 少女は美味しそうな匂いを漂わせながら、カップラーメンをすする。


「美味い! これだよ、これ! 橙華姉さんの料理も美味しいけど、やっぱ深夜に食べるならこれだよ!」


 少女は本当に美味しそうに、ラーメンをすする。自分から部屋に呼んでおいて、俺は完全にほったらかしだった。


「ま、いいけどな」


 あんまり食べているところをジロジロ見ると、嫌がられるかもしれない。そう思い、少女から視線を逸らし壁際に並べられたゲームを見てみる。


「……分からん」


 でもどれがなんなのか、全く分からない。今までの環境が環境だから、俺はこの手のものに触ったことがほとんどない。小学生の時は、クラスメイトの話を聞いて羨ましく思ったけど、今となっては──。


「ごちそうさま! あー、美味しかった! スープまで飲んでやった!」


「そりゃよかったよ」


「うん! ありがとね!」


 少女は、無邪気に笑う。


「あ、自己紹介がまだだったね。ボクは柊 紫恵美しえみ。柊六姉妹の三女を務めさせてもらってる、jk2だ」


「……jk2って、なに?」


「高校2年の女子高生。……まあボク引きこもりだから、高校行ってないんだけど」


「……そうなんだ」


 いきなりそんなことを言われても、なんとも言えない。……というか、高2ということはこの紫恵美さんは、あの柊 赤音と双子だということになる。



 ……悪いが、全く似てない。



「まあいいや。とりあえずよろしくな、紫恵美姉さん」


「……! 今、なんて言った?」


「……あ、ごめん。紫恵美姉さんって、いきなり馴れ馴れしかったな。じゃあ紫恵美さ──」


「か、可愛い! 可愛すぎる!」


 紫恵美姉さんはそう叫んで、そのまま勢いよく俺を抱きしめる。


「な、なんだよ。いきなり……」


「年下の可愛い男の子に姉さんって呼ばれると、なんかグッとくるね! 橙華姉さんじゃないけど、ぎゅーってしたくなる」


「……もうしてるだろ。というか俺、絶対に可愛くはないだろ? この間も、死人みたいな目つきとか言われたばかりだぜ?」


「ボク、ゾンビ大好き!」


「……嬉しくねぇ」


 まあでも、こんなに簡単に気に入ってもらえるなら、それはそれでいいことだ。……胸が柔らかくて、気持ちいいし。


「ねぇ、なずな……いや、なずくん。紫恵美姉さんって、もっかい言って」


「……紫恵美姉さん」


「あはっ。ちょっと赤くなってる、可愛い!」


「……うるさいな」


 しばらくそうやって、わちゃわちゃとおもちゃにされる。


「満足満足。カップラーメンでお腹を満たして、ゾンビで心を満たす。これ、最高だね。……そんじゃ、ゲームしよーっと」


 紫恵美姉さんはもう飽きたというように俺から手を離し、沢山のディスプレイが置かれた机の前に座る。


「…………」


 どうやら好かれているとはいっても、それは気に入ったおもちゃ程度の意味でしかないようだ。……まあそれでも、充分ありがたいんだけど。


「あ、そうだ。なずくんもゲームする?」


「……俺ゲームとかやったことないし、死ぬほど下手だと思うよ? それにもう、結構いい時間だし」


「……ちぇ。弟なら、ゲームに付き合ってくれると思ったのにさ。赤音ちゃんたちも昔は付き合ってくれたのに、最近は誘っても忙しいーって、断るし。それに二言目には、学校行けってうるさいし。……なんだよなんだよ」


 椅子の上で、膝を抱えて丸くなる。……どうやら、拗ねているようだ。


「でもまあ、下手くそでもいいって言うなら、付き合うよ?」


「ほんと⁉︎」


「うん。ほんと」


「やっぱ妹より、弟! 可愛い! もうこれ、ボクのにする!」


 またぎゅーっと、抱きしめられる。


「よし。じゃあ、これやろう。初心者にもおすすめな、横スクアクション。協力プレイできるから、お姉ちゃんが助けたげるね!」


「了解。じゃあ、フォローは頼んだよ。紫恵美姉さん」


 コントローラーを受け取って、ゲームを開始する。……でもまあ、紫恵美姉さんの部屋にいつまでも居ると、柊 赤音に見つかってしまうかもしれない。



 そうなれば彼女は間違いなく、俺を追い出すだろう。



 だから紫恵美姉さんには悪いけど、さっさと済ませて自分の部屋に戻ろう。そんなことを考えながら、ゲームをプレイする。



 ……が、1つ大きな問題があった。



「た、楽し過ぎる! なんだこれ! ゲームって、こんなに楽しいものだったのか!」


「だろだろ? 今夜はこのまま、全クリまでいこうぜ?」


「ああ! 死んでも辞めない。そんくらい楽しい!」


 初めてやるゲームが、楽しすぎた。だから俺は時間を忘れてゲームに熱中して、気づけばそのまま眠ってしまっていた。




「──どうしてあんたが、こんな所にいるのよ!」



 だからそんな柊 赤音の声で目を覚ました時、世界が終わったと本気で思った。


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