第3話 秘密です!



 そして、あっという間に翌日の夜。色々な準備を終わらせた俺は、覚悟を決めて柊さんの家にやって来た。


「……よしっ。行くか」


 大きめのトートバッグと紙袋を置いて、チャイムを鳴らす。するとまたすぐに扉が開いて、柊 赤音が顔を出す。


「本当に来たのね、あんた」


「まさか、冗談だと思ってたのか?」


「ええ。今でも悪い冗談だと思ってるわ。だってこれから1ヶ月も、あんたみたいな男と同居しないといけないのよ? はっきり言って、ただの悪夢よ」


「…………」


 そこまで嫌わなくても、いいじゃん。と思うけど、年頃の女の子だけで住む家にいきなり男がやって来たのだから、警戒されるのは当然だろう。


「あ、先に言っておくけど、私たちの部屋に入ったらその時点で出て行ってもらうから。あんたは基本、自分の部屋で大人しくしてなさい」


「厳しいな」


「それくらい当然よ。あんたみたいな男を部屋に入れたら、変なことされるに決まってるじゃない」


「……別になにもしないけど、まあ分かったよ。自分の部屋があるのは、嬉しいしな」


 前まで住んでいた家には、俺の部屋なんて呼べるようなスペースはなかった。だから例えそれがどれだけ狭い部屋でも、自室があるのは嬉しい。


「……なに喜んだ顔してるのよ。気持ち悪いわね」


「いや、今までなかったんだよ、自分の部屋って」


「そ。ならできる限り、その部屋に引きこもってなさい」


「分かったよ。できるだけそうする」


 そう言って、家に上がらせてもらう。


「……やっぱ、でかいなぁ」


 柊さんの家は、やはりとても大きい。今日からここで寝泊まりするんだと思うと、少し緊張してしまう。


「なにぼーっとしてるのよ。早く来なさい」


「あ、悪い」


 それからざっと、家を案内してもらう。リビングに、キッチンに、風呂とトイレ。どこも綺麗で広くて、いちいち圧倒されてしまう。


「そういえば、他の姉妹の人たちはいないのか?」


 案内されている最中、誰の姿も見かけなかったのでそう尋ねる。


「居るわよ。でもみんなあんたに会いたくないから、部屋に引きこもってるのよ」


「そこまで嫌われてるのか、俺。……なんかしたっけ?」


「……冗談よ。みんな偶々、部屋にいるだけよ。それよりこっち、ここがあんたの部屋よ」


「おお!」


 柊 赤音が案内してくれた部屋は、俺がこの間まで住んでいた山小屋のような家と同じくらい、広い部屋だった。しかも綺麗なベッドに、テレビ。ソファや小さな冷蔵庫まである。


「……こんな広い部屋、本当に俺1人で使ってもいいのか?」


「そうよ。その代わりさっきも言ったけど、家にいる時はできるだけこの部屋から出ないようにしなさい。……それと、私たちの部屋には入らないこと」


「分かった。それくらい、お安い御用だ」


「そ。じゃあ私はもう行くわ。夕飯とかも用意しないから、あんたはこの部屋で1人で食べなさい。もちろん、歓迎会とかそんなのもないから」


「分かった。他になにか言うことはあるか?」


「……随分と、聞き分けがいいわね。もしかして、なにか企んでるんじゃないでしょうね?」


 柊 赤音は、訝しむように俺を見る。


「別に、なにも企んじゃいないよ。俺はただ、できる限りみなさんと仲良くしたいだけで」


「とか言って、どうせエッチなことでも考えてるんでしょ? ……変態」


「なんでそうなる。つーか、そっちこそちょっと意識しすぎなんじゃねーの?」


「はぁ⁈ わ、私が、エッチなことばかり考えてるって言うつもり? ……信じられない!」


「……いや、そこまでは言ってない──」


「ちょっと顔がいいからって、調子に乗るんじゃないわよ! このバカ!」


 柊 赤音は怒ったようにそう叫んで、そのまま部屋から出て行ってしまう。


「……顔がいいって、なんだよ。お前が死人みたいだって、言ったんじゃねーか」


 きっと頭に血が上って、適当なことを言ってしまったのだろう。そう結論づけて、荷物を置いてベッドに寝転がる。


「……さて、これからどうするかな」


 柊 赤音がするような態度は、今まで何度もされてきた。そしてそんな人たちと仲良くなれた試しは、一度だってありはしない。


「1ヶ月で仲良くなれなきゃ、本当に追い出されるんだろうなぁ」


 そしたらまた、あの山小屋のような家に戻ることになる。……できればそれは、避けたい。


「すぐにでもバイトしようと思ってたけど、まずは彼女たちと仲良くなるのが先かな……」


 でも、どうすれば女の子と仲良くなれるのかなんて、俺は知らない。そもそも柊 赤音に至っては、修復不可能なくらい嫌われてしまっている。


「……ダメだ。眠い」


 ベッドがあまりに柔らかくて、意識がゆっくりと沈んでいく。俺はその心地いい感覚に逆らうことができず、気づけばそのまま眠ってしまっていた。



 ◇



「みんな、集まったわね」


 同時の夜。リビングに集まった3人の少女に、ひいらぎ 赤音あかねはそう声をかける。


青波あおはお姉ちゃんと、しえちゃんがいないよ〜」


「青波ねぇはまた大学サボって、どこぞに冒険に行くって言ってたぜ」


「青波姉さんは、自由な人ですからね」


 赤音に呼ばれてリビングに集まった3人の少女たちは、楽しそうにわいわいと言葉を交わす。


「じゃあ紫恵美しえみ姉さんは……って、もしかしてあの人、また部屋に引きこもってゲームしてるの?」


 赤音はそう言って、呆れたように息を吐く。


「しえちゃんは、ほんとゲームが好きだよね〜。あたしそういうの苦手だから、凄いなぁって思うよ」


「熱中するのはいいことだけど、大切な話がある時くらいこっちを優先して欲しいわ。……まあでも、これだけ集まれば充分か」


 赤音はそこで足を組み替えて、ソファに腰掛けた3人の少女に視線を向ける。


 ふわふわとした雰囲気を持つ、次女の橙華とうか。切れ長な目をした、勝気な印象の五女の黄葉こうは。無表情だけどどこか優しい空気をまとう、六女のみどり。そしてその3人を呼び出した、四女の赤音あかね


 そんな4人の少女たちは、1人の男について話し出す。


「今日から同居することになった、あの男について話があるの」


「おっ、ついに来たのか。緑が姉になれるってはしゃいでた、弟くん。わたし寝てたから、全然知らなかったぜ」


「ですね。来ていたのなら、声くらいかけて欲しかったです。姉として、ここでの生活を教えてあげないといけませんから」


「いきなりお姉さんぶってると、嫌われるぜ? 緑」


「大丈夫です、黄葉姉さん。男の人はみんな、積極的でちょっとエッチなお姉さんが大好きなんです。昨日、本で読んだので間違いありません」


「……ああ。だから緑、今日はそんなおっぱい丸出しみたいな格好してるのか。……引かれなきゃいいけどな」


「違うわ、黄葉に緑。私はそんな話がしたくて、みんなを集めたわけじゃないの」


 楽しそうな黄葉と緑の会話を、赤音は無理やり断ち切る。


「ふふっ。あれだね? 赤音ちゃん。みんなでサプライズパーティーをしようって、そう言うんだね? じゃああたしが、美味しいケーキを──」


「だから、そうじゃないのよ! 私たちには、絶対に知られちゃいけない秘密がある。……みんなだって、分かってる筈でしょ?」


 赤音はそう言って、自身の腕につけられた赤いブレスレットを握りしめる。他の少女たちも、それぞれの腕につけられたブレスレットに視線を向ける。


「私たちには、やらなきゃいけないことがある。知られちゃいけない秘密がある。……母さんがなにを思ってあいつを呼んだのかなんて知らないけど、あんなのと仲良くしてる余裕なんて私たちにはない」


「でもあの子……なずなくんは、身寄りがないってお母さん言ってたよ? だったらあたしたちが──」


「ダメなものは、ダメ。あいつだってもう子供じゃないんだから、優しくする必要はないわ」


「違うよ、赤音ちゃん。高校生なんて、まだまだ子供だよ? だから、あたしたちが優しくしてあげないと──」


「優しくして、あいつが勘違いして、それで私たちの秘密を知られたらどうするのよ? ……私はもう、嫌よ。あの時みたいなことになるのは……」


 その赤音の言葉に、誰もなにも言えなくなる。


「1ヶ月よ。たった1ヶ月あいつと仲良くならなきゃ、あいつは出て行くことになる。母さんの考えは分からないけど、私が絶対にそうしてみせる。だからみんな、絶対にあいつに気をゆるしちゃダメよ。分かった?」


 赤音はもう一度、みんなの顔を見渡す。3人はそれに、諦めたような頷きを返す。


「……仕方ないのよ」


 月明かりが照らす赤音の横顔は、どうしてかとても寂しげだった。


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