#127 早朝、君を想う部屋より / 柊 詩葉
ライブ当日、まだ日も昇らないうちに暖房の音で自然に目が覚めた。
「おは――ああ、一人か」
同じベッドに
「……なんて言ったらヒナは超喜んじゃうか」
とっておきのタイミングに言ってみようか、そうしたらどんな顔をするだろうか――などと考えつつ、しばらく微睡む。
高校の間、詩葉は何度も陽向の家を訪れていたが、陽向が詩葉の家を訪れたことはなかった。彼女がこの部屋に来た唯一の機会は、
生まれてから十八年を過ごしたこの部屋には、希和への記憶が色濃く結びついている。彼が足を踏み入れたことなんて一回もないのに、彼を想う時間は至るところに刻まれている。あるべきはずの恋心を探して、守り抜けた友情の温もりを抱きしめて、深すぎる喪失に震えては、それでも何かを継ごうと決意を灯してきた。傷が疼くように、鮮明に思い出せる。
そんな部屋だから、今日を迎えるには相応しかった。
アラームを合図に体を起こす。トイレと歯磨きを済ませてからリビングへ、もう母が朝食の準備を始めていた。
「あらおはよう」
「おはようお母さん、休日に早くからごめんね」
「いいのいいの、久々にお母さんできるんだから」
そう言いながら作ってくれたのは、ちょうど私が食べたいと思っていた献立で。
詩葉の両親には家を離れる前は窮屈でたまらなかったし、今だって陽向との二人暮らしの方がずっと幸せだけれど。娘を想う姿勢に嘘はない、それを詩葉が疑うことはできなかった。
「詩葉は自炊の調子どうなの、陽向ちゃんすごい上手らしいけど」
「そうそう、だからヒナにばっか甘えないように私も作ってるんだけどね。ちょっと失敗したかもって思ってもヒナは美味しい美味しいって食べてくれるから」
「どっちにしろ甘やかされてるじゃない」
「ね、お姉ちゃん気質なんだよヒナは」
「本物の姉妹はそんなに甘々じゃないのよ……けど一人っ子どうし、姉妹くらい仲良い友達ができたのは良かったよね」
「うん、それは毎日思うよ」
同性愛者について、父は嫌っていたし母は憐れんでいた。きっと今も肯定的な感情は持っていない、だから詩葉からも真実は話していない。
「――だから安心してよ、娘ふたりが仲良く暮らしてると思って」
けど、いつか。社会の、両親の、感覚が変わったら。陽向がどう大切な存在だったか、隠さずに伝えられたらと思う。
「ごちそうさま、美味しかったです」
「はいどうも、片付けいいから早く準備しちゃいなさい……
「うん、頑張る」
希和への感謝が尽きない本当の理由も、伝えなきゃいけないと思う。
出発の準備を整えてから、希和の遺品の写真を手に取る。三年前のHumaNoise公演での詩葉と希和のツーショット、希和が自身の顔だけを塗りつぶしたその一葉。紡から受け取って以来、ずっと詩葉の手元で保管していたものだ。
何度目になっても慣れることはなく、見つめるたびに心は悲鳴を上げるけれど。慣れてしまえる自分には、なりたくなかった。
「ねえ、まれくん。やっぱり私は大好きなんだ、君と歌ったあの時間が。
これからどんな幸せなことがあっても、どれだけ祝福してもらうことがあっても。
あの頃より明るく笑うことなんて、私にはできないんだって正直思う。
けどね、だからね」
『Rainbow Noise』が形作られていく中、雪坂の仲間と紡と一緒に過ごす中で、固まってきた決意。
「君からつないだ詩だから、あの日に負けないくらい眩しい私で届けるよ。
私たちが一緒だったから創れた幸せを、絶対に証明してみせるから」
写真を胸に押し当てて。閉じたまぶたの裏に希和の笑顔を浮かべながら。
「いってきます、まれくん」
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