#128 いざ、戦友と共に / 武澤 結樹

 会場となるライブハウスSuprnalにて。信野のぶの大サークルHumaNoiseの面々が、本番に向けて着々と準備を整えていた。


由那ゆなさん、階段の装飾いったん完了です」

「お疲れ……うんバッチリだよありがとう! 備品が戻ってるかも見といてね」

「了解です!」


「女性のどなたか、サックスのみずちゃんにこのリップ渡しといてもらえます?」

「もう買い出し終わったんだ、ウチ預かるよ!」


 てきぱきと、しかし焦ることなく、ちょうどいい空気で部員たちは動いている。そこかしこで広がっている談笑の様子を見るに、皆リラックスして過ごせているようだった。


「ああ、もう来てたんだ結樹ゆきちゃん」

 春菜はるなである。先ほどまでは現指揮者コンダクターとして部員たちをまとめていたが、一旦落ち着いたらしい。

「お疲れ、ヘアセットが割と早く済んだからな」

「そっか、けど早く会場来ても暇してない?」

 リハや準備のタイミングを踏まえ、RNPJ組はHumaNoise組よりも後に会場入りすることになっていた。だから結樹が来るのはもう少し後でも良かったのだ。

「まあな、けどどっかで時間潰すにも落ち着かないし……準備の空間って好きなんだよ、久しぶりに味わいたくなった」

「みんながてきぱき動く感じ?」

「ああ、いい空気が味わえてる」

「それは良かった、部長のお墨付きをもらえて光栄です」

「私はもう部長でもなんでもない、コンダクターは春菜じゃないか」


 春菜の頬をちょんとつつくと、彼女も結樹の頬をつつき返してきた。

「私もリーダーやっていいかなって思えたの、結樹ちゃんとか八宵やよちゃんを身近で見てきたからなんだよ」

「それは光栄……なんだろうけど、私と春菜じゃタイプが違いすぎないか」

「うん、教え方で参考にしてる割合は和可奈わかなさんが多めかも」

「なんなんだ今の流れは」


 くすりと笑ってから、記憶を手繰るように春菜は視線を上げる。

「結樹ちゃんは確かに、厳しめな態度も強かったけどさ。私にとっては、この人が前を歩いてくれるなら頑張って歩こうって、その格好いい背中を信じようって思える人だったから」

「私こそ、一緒に歩いてくれる人がいたから今を信じてこれたんだよ。中学で詩葉うたは飯田いいだに会って、成長――ばかりじゃなかったけど、果敢に挑めてきた」

「似てないからこその黄金トリオ?」

「私にとっては、な」

 詩葉と希和の葛藤を考えると素直には頷けなかった。言い淀む結樹の肩を、励ますように春菜はさする。今はその温もりを信じることにする。


希和まれかずくんが言ってたじゃん、正反対な人と関わることで自分にも良い影響あったって。私にとってはそれが結樹ちゃんで……というか同期みんなかな」

「なるほどね。私は今の春菜、とても格好いいって思ってるから。そこに関われたならうれしいよ」

「わお、今のもっかい言って」

「詩葉みたいなこと言わないの」

「ひどいよ結樹~!」

「それ――ぷはっ」

 春菜による詩葉の真似、やたらとクオリティが高くてツボに入ってしまった。

「どしたの結樹~、そんなに面白かった?」

「待て、やめ――あはは!」


 必死に笑いを堪えていると「おはよ~」と掛かる声。詩葉と陽向、そして紡である。詩葉本人を前にしてまた笑いそうになったので、慌てて顔を背けて咳払い。

「……結樹、なんか変だけど?」

「詩ちゃんおはよう、結樹ちゃんはさっきから謎の思いだし笑いに突入してます」

「いやお前のせいだろ春菜! なんで詩葉のモノマネそんな上手いんだよ!」

「え、やってやって」

「どうしよ、やっていいかなヒナちゃん?」


「聞く前にやってるじゃないですか」

 突っ込む陽向に。

「なんか……本人としては反応に困るなあ」

 戸惑う詩葉に。

「高校前半の詩葉ってそういう感じだったのかな、聞いてないけど納得」

 感心した様子の紡。

 つまり、ツボに入って大笑いしたのは結樹だけである。


「バカ笑いしてた私がバカみたいじゃんか、謎に悔しいぞ」

「まあ結樹さんがツボるのも無理はないですよ、詩葉の特徴を掴む耳の良さは本物でした。可愛さは本人じゃないと無理ですが」

「ヒナは冷静に恥ずかしいこと言わないの!」

「いやそれよりさ、」


 自分が発端のくだらない言い合いを、結樹は強引に断ち切って。

「紡さんの髪だよ、今朝染めてきた?」

 紡はおなじみのショートボブをふんわりと巻きつつ、髪全体がグリーンに染められていたのだ。それもアッシュグリーンとかではない明るめの緑だ、これまでの彼女が一切染めていないことを思うと鮮烈な変化である。

「そう、ワンデーでやってもらったの……さすがに派手すぎかな?」

「似合うよ、格好いいし可愛いし……魔力高そう」

「結樹さんお見事、衣装も魔道士イメージだからね。それにやっぱり」


 ステージを見つめてから、紡は語る。

「ペアルック……いや、推しカラーって言うのかな。

 こういうときくらい、大好きな人のこと思いっきり表現したいじゃんか」


 希和の合唱部での担当カラーが緑だった、という一点を。全力で前面に押し出す紡の横顔は、曇りもなく堂々と晴れやかで。

 そう笑うためにどれだけの強さを積み上げてきたか、その一部なら結樹も知っていて、それが一部に過ぎないことも分かるから。


「……うん、すごく似合うよ。本番の衣装も楽しみだ」

「ありがと、結樹さんの戦装束にも期待してます」

「乞うご期待、私なりの本気で推して参るよ。だから、」


 言葉に出す、自分と仲間に声で刻む。ずっとそうやって――希和と一緒に、強くなってきた青春があるから。


「最高に最強に、私たちに似合うステージにしよう」

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