#124 Excited Singers
合宿二日目の夜。疲れた人は早く休んでも良いが、せっかくだし夏らしい遊びを――ということで。
「それでは
ファイヤー!! ――という、どこかで聞いたような音頭と共に。ペンションの庭ではプチ花火大会が開催されていた。
ちなみに花火代は
「……花火のニュアンス違わないかなあ先生」
私の静かな突っ込みに、
「大人こそたまにははしゃぎたいだろうから、見守ってあげよ?」
「まあそうなんだけど……アルコールなしであんなはしゃげる大人も凄くない?」
「先生は場の雰囲気で酔う人だからね。教員での飲み会とか、結構飲むけどほぼ素面だっていうし」
「結構飲む人の自己申告って当てにしていいのかな」
さらにちなみにその先生の横では、
「ねえ
「ドラムっぽいけどなんか覚えが……ああ、『太鼓の達人』の譜面だ」
「ゲームの譜面って覚えるものなんだ、というか見て分かるものなんだ……」
困惑している春菜。最近私も音ゲーに興味が出てきた話は、今はとりあえず止めておこうか。
「けどキヨくん、陽気なタイプだとは思ってたけど、こんなはっちゃける男子だったっけ?」
私が言うと、春菜はうーんと顎に手を当ててから。
「まれくんと一緒だった頃は、二人でよく……アニメとかゲームなのかな、モノマネっぽい遊びしてたよ」
「確かに和くんパロるの好きそうだもんね。けど他の人には理解されないタイプの?」
「いや、結構乗ってる人いたよ。
香永ちゃんは清水くんをスマホで撮りながら「もっと熱く!!パッションや!!」と煽っている。
「あの二人、実は姉弟ばりに相性いい説」
私のコメントに、春菜は笑って頷く。
「だよねえ。同性で、というか女子同士で固まりがちな代だけど、あのペアが仲良かったおかげで男女間でもまとまりだした気がする」
「なるほどなあ、女子が香永ちゃん
「そうそう、福坂
「いや全然、リードの件でゆっくり話したいんだけど接点なくて」
「そっか、ちょっと連れてくるね」
即答した春菜は人混みの方に歩いていく、行動が早い……
福坂くん、希和と同じバスパートの後輩だということは知っている。男子の中でも特に合唱経験が豊富らしく、そして今回の参加メンバーの中で一番口数が少なそうな人だ。
なので女子と仲が良いようには見えないのだが、春菜とは打ち解けた様子で連れられてきた――いやもしかして結構仲良いんじゃって思うような、ちょっと特別な間合い。
「はい紡、こちら福坂翔くん。翔くん、こちら紡さん」
「よろしくお願いします紡さん、すみません挨拶が遅れて」
「いいよいいよ、はじめまして」
外見通り硬めの、けどよく通る聞きやすい低音。春菜に名前呼びされていたあたり、そこまで堅物でもないのか――あるいは春菜が特別なのかな?
という勘繰りは抑えつつ、私からの本題。
「さて福坂くん。『希望の和音』リード就任、おめでとう!」
「ありがとうございます、作詞した紡さんに聴いてもらえて光栄でした」
『Rainbow Noise』に続いて実施された『希望の和音』リードボーカルのオーディション。男女一名ずつという枠を勝ち取ったのが、福坂くんと香永ちゃんだった。
「他の男子候補も上手いし素敵だったけど、やっぱり福坂くんは別格だったから納得だよ。お手本みたいで、安心感がすごくて」
「ありがとうございます……安心感とは、飯田さんからもよく言ってもらってました」
「だよねえ」
観客も含めた全体合唱である『希望の和音』では、リードボーカルが会場の合唱の手本となる。上手さや格好良さだけでなく、合唱に馴染まないお客さんがついていきたいと思えることも重要な条件だ。私もそれを重視して彼に投票した。
という要素は、やはり福坂くんも理解していたらしく。
「女声部門は
「そうそう、ビブラートとかこぶしとかいくらでも入れられるんだけど、あえてそれを抑えて先生役に徹するっていうね」
話題に出た香永ちゃんの方を三人で見る、今は装飾満載の歌い手モードだ。ちなみに曲目は『Fire◎Flower』、私も好きな一曲だ。
「はい、花火持ってきたよ」
いつのまにか抜けていた春菜が、手持ち花火を持ってきてくれた。
「ありがとう~やろやろ」
三人で火を分け合いつつ、ちりちりと踊る火花を眺めて語らう。炎色反応と電子殻の話を仕掛けてみたら、福坂くんは乗ってくれたけど春菜はげんなりしていた。
会話の途切れたタイミングで、春菜が訊ねる。
「翔くんさ」
「はい」
「最初はこのプロジェクトでリードやろうって思ってなかったんだよね」
「ええ。東京ユニットの練習もハードそうでしたし、英語で歌うのは俺にあんまり馴染まなかったので」
「そうなんだ、じゃあどうして『希望の和音』やってくれたの?」
私の質問に、福坂くんはしばらく星空を見上げてから。
「自分にとって歌いやすい日本語の歌だったというのが一つ。後はやっぱり、俺なりに
きっと春菜は、この話を私に聞かせたかったのだろう。私も踏み込む。
「福坂くんにとっての希和くん、聞かせてくれないかな」
「ええ……どこから話すかな」
「遠慮しなくていいよ、欠点も多くあった人だってのは私もよく知ってるから」
私のフォローに春菜も頷いたので、福坂くんも踏ん切りがついたらしい。
「俺は中学まで、ガチで上を目指すタイプの合唱部にいたんです。先輩が上手いのが当たり前で、後輩は先輩を信じてついていく、体育会マインドの文化部でした」
「うん、私も中学は吹部だったかわ分かる」
「そういう環境で育った俺からすると、飯田さんみたいな先輩は向き合い方に困るんですよね。技術に欠けるけど穏やかで、後輩に教わることに疑問も持たないって人は」
「そうなっちゃうよね、パートも同じとなると」
「ただ段々慣れてくると、むしろ居心地は良くなりましたよ。自分で裁量持てるのは面白いですし……やっぱり飯田さん、教わりながら褒めるのが上手いので」
「だよねえ、教えるの楽しくなる」
創作面のプロデューサーをやっていた頃の感覚とも合致する。
「ええ。だから俺は飯田さんに育ててもらったとも思ってますし……それにあの人は、他の誰とも違う感覚で歌に向き合っていたんですよ。作詞とか曲想とか一緒にやったとき、自分の中に新しい軸ができるなって思えて」
例えばキヨくんは元から希和との感性が近くて、だから意気投合も早かった。けど福坂くんのようにタイプの違う人にも、希和は良い影響を与えられたのだろう。
「それに、紡さんたちの書いた『希望の和音』を詞を読んで。人生のままならなさに歌で向き合おうとすること、俺の人生に必要だなって思えたんです。だったら俺なりに最高の歌を届けるのが、教えてくれた人たちへのお礼になるかなと」
「お礼か……嬉しいよ、本当に真面目な人だね福坂くん」
「よく言われます」
苦笑する福坂くんは、その形容が賞賛とは限らないことを肌で知っている人なのだろうか。
「私も嬉しかったよ、翔くんが歌ってくれて」
春菜の言葉には疑いようのない親愛がこもっていて。
「……ええ、ありがとうございます」
けれど答える福坂くんは、どこかぎごちなくて。
多分二人は、一筋縄ではいかない関係で。好意も愛情も、まっすぐに届けるのは難しくて。
「翔くんは、その詞が一番美しく響くように歌える人だから」
けど春菜は、そうしたしがらみを越えて、彼との絆を守ろうとしているのだろう。
「だから私は、これからも聴きたいよ。翔くんの歌」
福坂くんは、照れと迷いの混ざった笑みを浮かべてから。
「……俺も歌えて良かったです。背中押してくれてありがとうございました、春菜さん」
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