#123 褪せない愛を、終わらない賛歌を

 オーディション終了後、昼食のバーベキューにて。


「はい、リード就任おめでとう焼き~!」

 私は焼けた牛肉を詩葉うたはの皿へと盛り付ける。

「ありがとう~、つむぎも格好良かったよ焼き~!」

 同じく詩葉も私へと肉をパス、仲良く一緒に頬張る。頑張った後だから格別に美味い。

「ん~……とんでもねえうまさだね!」

 楽しげに言う詩葉に、高三・和海なごみちゃんが「それ豚ですよ!」と突っ込んでいた。ご当地ネタかな。


『Rainbow Noise』のリードボーカルオーディション、一回目の投票では清水しみずと詩葉が最多得票タイだった。三位以下とは大差がついていたことなどを踏まえ、清水と詩葉が共同で担当することが決定したのだ。


「詩葉も歌上手いのは知ってたけど、さっきのは想像超えてたよ……」

 リズムと発音、パワフルとキュート、抑揚と緩急、そして熱量――全部を高いレベルで兼ね備えていた詩葉の歌唱に。私は自分のライバルであることも忘れて夢中で聴き入っていた、気づいたら目を潤ませて痛いくらい手を打ち鳴らしていた。


「頑張ったからね……けど、順番が最後だったからあんなに気持ち込められたと思うの。みんなの気持ちをバトンみたいに受け継いで、って言うのかな」

 賑やかに金網を囲む面々を眺める詩葉。

「紡がまれくんを想って……まれくんの思い出を受け継いで、全身全霊で歌ってくれたから。私も本気以上になっちゃった」

 ことん、と。詩葉は私の肩に頭を乗せる。

「そっか……私にはそれが一番嬉しいよ。嬉しいんだけど――ねえ詩葉」

「なに?」

「君の彼女の視線が怖い」


 金網の逆側でジェフさんと歓談していたはずの陽向ひなたである。睨むというほどではなくチラチラと視線を向けていたくらいだったが、その一回一回がやたら鋭い。

「ねえヒナ、これくらい大目に見てくれない?」

「別に私はダメとか言ってないもん」

「目は口ほどにsilver-tonguedですよ陽向さん」

 言い張る陽向に、和洋折衷な突っ込みを入れるジェフさん。

 

「けど分かるよ陽向ちゃん、恋人の近くにいる恋愛対象にはついつい警戒しちゃうのが女心」

「お邪魔虫にはちょっと冷たく当たるくらいがちょうどいいよ、恋人がモテる場合は特に」

 陽向の肩を持つ先輩方、和可奈わかなさんと奏恵かなえさん。


「合唱部女子がみんな嫉妬深いように思われる……」

「そうそう、どんと構えるのが大人の女の余裕だよ」

 突っ込みに回る由那ゆなさんと松垣まつがき先生。


「そうだぞ陽向、大人の女こそ図太く! 大胆に!」

 という信条を体現するかのように次々と焼き物を回収していく香永かえに、清水が「僕の育てた椎茸!」と抗議している……あえて椎茸なの渋いなキヨくん。


 などと脱線を経て、詩葉とリードの話に戻る。

「紡さんのリード熱かったよって、色んな人に褒めてもらえたのは嬉しかったよ。けど熱量だけっていうか、技術は全然だったのも痛感したよ」

 確認したところ私の得票数は最下位だったし、後から録音を聞き返してみても他の候補者との差は歴然だった。

「まあ、経験に差がありすぎたってのは否定できないんだけどさ」

 詩葉のきらきらとした瞳が、まっすぐに私を照らす。


「私はもっと聴きたいよ、紡の歌。だって、楽しかったでしょ?」

「……うん、すごく楽しかった。練習してるときも、本番も」

「でしょ!」

 笑顔の詩葉に続き、周りからも拍手。「素人ってレベルは全然越えてる」「ラップ似合うよ、紡ちゃんの声」などなど、たくさん褒めてもらった。RNPJに限らず練習を続けてみたい――みよう、と決めるにはちょっと忙しすぎるけれど。



 合宿二日目の午前はリードボーカルのオーディション。午後はユニット曲の披露や衣装・演出についての会議など、意見を交換する時間が続いた。学年や立場を問わず活発に意見は出ていたし、決まったら決まったで潔くまとまっていたのが心地良かった。こういう雰囲気でなければ、希和は創作面で活躍することはできなかったかもしれない――そもそも部に残っていたかも怪しいんじゃなかろうか。


 クワイア・バンドメンバーだけでなく、裏方チームの準備も着々と進んでいることが、ポスター・パンフレット関連を統括する由那さんから発表された。

 まずキービジュアルのイラストは、ミュージカルのポスターイラストも手がけた元演劇部の樫井かしいくんが担当。今回はラフ画だけを見せてもらったのだが、構図からして大好きなものだった。高校時代に仲の良かった男女が時を経て再びステージに立つ――という、企画のテーマが一目で分かる対比。今から完成版が楽しみでならない。

 そしてポスターやパンフレットのデザイナーとして加わったのが、阿達あだち史郎しろうさんという岳都がくと大の学生。希和が入部するきっかけとなった合唱部密着取材において、共に記事の執筆やレイアウトを担当した方だという。


「――ならかずくんの委員会での姿を知っている人じゃないですか、むしろ和くんにとっては字書きの方は本領に近いでしょうし、だからすごい嬉しいんですよ!」

 夕食時、私は由那さんに熱弁していた。

「そう、飯田いいだくんは編集委員の仕事してるときも輝いてたからさ。紡さんもそう思ってくれて嬉しい、阿達くんに誘った甲斐あったよ」

「本当にありがとうございます。けど阿達さんも、そこまで合唱部と接点あったわけじゃないのに、よく快諾してくれましたね」

「……紡さんがそれ言う?」

「それもそうでした」


 二人して笑う、そう笑えるくらいには私もここに馴染んできた。

「阿達くんは、合唱部も紡さんも知らないところで、希和くんと何度も仕事してきた人だからさ。このプロジェクトの中心に希和くんの創作があるから、自分も関わりたいっって願うようになったと思うの。だから、紡さんのおかげでもあるよ」

「そっかあ……私も会って話したいですよ、阿達さん」

「じゃあそれも本番の楽しみだね、ライブは見に来るから」


 由那の笑顔に頷きつつ。楽しみ、という言葉がすっと自分の胸に入っていくのが分かった。

 本番が終わったら、このメンバーでライブに向けて準備をするのは一旦終わる。何年も続くイベントにしたいという趣旨で立ち上がった企画だから来年も開催はされるだろうけど、私がこれだけのペースで関わるのは難しいだろうし、他の面々にもそれぞれ事情はあるだろう。

 それが寂しくないと言えば嘘だけど、不思議と怖くはなかった。この人たちとはまた楽しいことができる、楽しいことができる人たちとの新しい出会いだって、これから何度だってある。


「その先」はある、私は素直に信じてる――だから私は大丈夫だよ、それだって君のおかげなんだよ、和くん。

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